小倉山城 (安芸国)
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本丸より安芸大朝の夕暮 | |
通称 |
小蔵山城、紅葉山城、小倉城 |
城郭構造 |
連郭式山城 |
天守構造 |
なし |
築城主 |
吉川経見 |
築城年 |
南北朝末期 |
主な改修者 | |
主な城主 |
吉川氏 |
廃城年 |
1550年(天文19年) |
遺構 |
曲輪、礎石、空堀 |
小倉山城(おぐらやまじょう)は、広島県山県郡北広島町新庄字小倉山にある吉川氏の居城である。別称で小蔵山城・紅葉山城・小倉城とも言われる。国指定史跡。
[編集] 概要
正和2年(1313年)吉川経高が駿河国吉川邑から安芸国大朝庄に移住し、当初駿河丸城を居城にしていたが南北朝末期に吉川経見が近隣に小倉山城を築いた。以後「鬼吉川」と呼ばれた安芸吉川氏の拠点として栄えた。毛利元就夫人の妙玖もここで誕生している。
吉川元春が天文19年(1550年)に日野山城を築き、居城を移すと小倉山城はその役割を終えた。
建築物は無いものの現在も多くの遺構が残っており、昭和61年(1986年)8月28日に吉川氏居館跡として駿河丸城、日山野城、吉川元春館跡と共に国の史跡に指定された。駐車場も完備され整備もなされている。
[編集] 関連項目
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