学芸員
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学芸員(がくげいいん)とは、日本の博物館法に定められた、博物館(美術館・科学館・動物園・植物園なども含む)における専門的職員および、その職に就くための公的資格のことである。欧米の博物館・図書館・公文書館に置かれるキュレーター(curator)などに類似した職種であるが、それらと比べてはるかに低い権限しか与えられていないことが多い。
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[編集] 概要
学芸員の職については、博物館法(昭和26年法律第285号)の第4条第3項に定めがあり、「博物館に、専門的職員として学芸員を置く」とされている。また、学芸員補という職もあり、学芸員補は、学芸員の職務を助けるために博物館におかれる職である(博物館法第5条第4項・第5項)。なお、ここでいう「博物館」とは、歴史、芸術、民俗、産業、自然科学等に関する資料を扱う機関のことであり、「博物館」の名称を持つ施設のほかにも、美術館なども含まれている。
なお、学芸員をあらわす英語表現は一般的にキュレーター(curator)と理解されている場合があるが、これは監督という意味合いであり、外国ではこれを複数置く館では館長の次の地位、1名のみしか置かない館では館長職そのものを指し、大学の教授職に相当する存在になるため、これほどの権限を与えられていない日本の学芸員の英訳としては適切な表現ではない。またその業務は、美術系博物館(美術館)では研究に基づく展覧会の企画、自然史系博物館では学術研究とその成果に基づく指導的業務に限られる場合が多く、日本の学芸員のようなこまごまとした技能業務までを職掌とはしていない。欧米では、日本の学芸員が独りでこなさなければならない諸業務は、museum teacher(教育担当普及)、exibition designer(展示専門)、restorer(修復技術者)、conservator(保存管理者)、registrar(作品登録管理者)など、職務によって分業されている場合が一般的である。職名と業務内容は、国により、また博物館ごとにも相当の異動があるが、少なくとも海外で分業されている業務内容が、日本ではほぼ全て「学芸員」の職名に包まれ、少人数の学芸員が多岐にわたる業務を行うことが普通であるし、学術研究を行うといっても海外のキューレーター相当職ほどの職権も認められていないことが多い。日本の学芸員に対して「雑芸員」という別称(学芸員自らの自嘲的自称であることが多い)を見かけるが、そのような呼称が用いられるのはこのためである。また、美術分野においては現在では博物館に属さなくとも、空間の美術的なプロデュースを専門とした業種にあたる人がキュレーターと呼ばれている場合もあるので、今後、このキュレータという語の利用には注意が必要かと思われる。
[編集] 職務
学芸員は、博物館資料の収集、保管、展示及び調査研究その他これと関連する事業についての専門的事項をつかさどる(博物館法第4条第4項)。一般に、学芸員が行う職務の類型は、研究・調査、収集・展示普及、保存・管理とされ、展示普及においては社会教育施設における教育従事者としての立場も含まれる。
[編集] 美術系
日本の学芸員は、多様な業務を集約して果たさなければならない場合が多い。そのため、実際には、人手不足の折、力仕事までこなす例もよくあるが、これも館の性質や人員体制、業務内容によってケースバイケースである。高価な大作の運搬、移動、取り扱いから、キュレーションに至っては一番作品に肉薄しつつも緊張感を迫られるような立場にある。展覧会中は、実際キュレーションをしつつ接客応対しながら次の展覧会の展開を練り、終わったらその準備の蓄えの総てでもって次の展示を即座に開始し、その間にも常設の内容を微妙に変えたりするという忙しさにある。
[編集] 自然史系
[編集] 生物系
生物系の学芸員のもっとも基礎的な職務は、自然界に存在する生物の種の分布と変異の物証となる標本の蓄積と管理である。特に、種の記載の基準となるタイプ標本の保管は、タイプ標本を所蔵する博物館の国際的責務となる。勤務する博物館がローカルなものである場合には対象範囲は地域の生物相の標本蓄積を伴う記録事業(インベントリー)であるし、より大規模な地域を対象とする館である場合には、ナショナル、あるいは国際的(インターナショナル)なインベントリーを行うことになる。ローカルなインベントリーを志向する館であっても、学芸員の中核的な専門分野に関しては、より深化した分類学的研究を行うため、比較研究を全地球規模で展開せざるを得ず、インターナショナルな資料収集が行われることになることが多い。つまり、地方自治体立の博物館の学芸員はその館の設立母体である自治体の範囲、及び、その範囲と生物地理学的に関連の深い地域を対象として、動植物、菌類などの標本を収集、整理、研究を行い、なおかつ自分自身の専門分野の生物群に関しては、より国際的な分類学研究に当たるということが多い。また財団法人などによって設立された、特定のテーマを持つ博物館では、そのテーマに関して、国際的な資料収集を行っているケースが多い。
こうした基礎業務上、学芸員は何らかの生物群に関する分類学研究者、あるいは分類学のトレーニングをある程度受けた者が就くことが望ましいが、現代日本の大学教育で、分類学研究者の養成体制が弱体化していること、博物館に地域の環境教育の拠点としての機能が強く求められるようになり、そうした専門性を期待できる学芸員が必要とされてきていることなどもあって、同じ野外系生物学の生態学を専攻した者が生物系学芸員の職に就くことが多くなっている。
生態学の専門知識を持つ学芸員には、環境教育の基礎情報となる地域の生態系に関する基礎調査が求められるが、同時にその地域の生態系が地域社会の人間生活と歴史的にいかなる関係を築いてきたかを解明する必要があり、里山研究などの形で人文系学芸員とかなり近接した研究活動を行うことも多くなってきている。
[編集] 地質系
[編集] 天文系
[編集] 人文系
[編集] 配置
大規模な博物館では、学芸員→主任学芸員、学芸課長→学芸部長→副館長→館長(他に主管学芸員、主席学芸員)という、研究所の研究者と同様な職階を持つ場合がある。しかし、実情では人員的に学芸員の数が不足しているところもあり、また、学芸担当職員はいるが学芸員としての資格を持っていないケースもいる。博物館類似施設などは学芸員のいない施設もある。しかし、学芸員の配置は、博物館法に定めるところの登録博物館、あるいは博物館相当施設でないかぎりは、必ずしも規定されたものではない。
一方で、国立博物館は、博物館法に定める定義での博物館ではないため、学芸員は存在せずに研究員、あるいは教授・助教授など(国立歴史民俗博物館などのように大学共同利用機関法人が設置している博物館の場合)の名称の役職のものが、学芸員の職務にあたる場合もある。
[編集] 学芸員となる資格
「学芸員となる資格」(博物館法第5条)は、文部科学省が所管する国家資格でもある。資格習得にあたっては、博物館法が定めるところにより、大学において所定の博物館に関する科目の単位を修得すること、または、単位修得に相当すると認められる実務経験などによって文部科学省の認定を受けることが必要である。したがって、学芸員の分野は各々の学芸員の専門性によって多岐に渡り、主なところでは「美術」「考古学」「民俗学」「科学史」「生物学」「地学」「天文学」等がある。
[編集] 通信教育
大学の通信教育でも資格取得が出来る。スクーリングが必修である。
[編集] 講習
早稲田大学で学芸員資格取得の講習が近年に始まった。
[編集] 各分野における学芸員
[編集] 美術分野
美術分野における学芸員は、美術展の企画、所蔵品の選択、ワークショップなどの美術普及活動を行う専門的な職員である。しかし、実際には、人手不足の折、力仕事までこなす「何でも屋」になっているというのが実情という話もよく耳にする。
通常、学芸員には、それぞれ、1つまたは複数の専門の分野があり、その専門分野は、その学芸員が所属している美術館等の企画や収集と極めて密接な関係にある。
たとえば、写真が専門である学芸員がいる美術館では、通常、写真作品の収集に力を入れており、また、写真の企画がなされる可能性も高い。ときどき、「何故、あの美術館であんな写真の企画がなされるのだろうか」と不思議なケースがあるが、それは、その美術館に、写真専門の学芸員がいる、ということがその理由であることが多い。逆に写真を専門とする、または、少なくとも、副次的に写真を専門とする学芸員がいない美術館では、写真の企画はまずなされない。なぜならば、写真を扱える担当者がいない美術館に写真作品を任せられるはずがないからである。
したがって、美術のある分野に興味があり、その分野について「強い」美術館を知るためには、その分野について専門の学芸員を知らねばならない。そして、そのような学芸員が所属している美術館こそ、その分野について「強い」美術館であるということが言える。
しかし、残念ながら、以上のような認識は、専門家か、一部の美術ファンにしかないため、学芸員の情報(どの美術館にどの分野を専門とする学芸員が所属しているかという情報)は、通常は存在せず、一般的に知る手段もない。これに関しては、
- 学芸員は、大学の教授などと異なり、美術館等の所属機関側が、その独立性を認めないことが多く、そういった情報の流布(や美術館等の枠を越えた活動、例えば、評論・出版活動)を妨げている。
- 学芸員自身が、余計な業務の増加等をおそれて、そういった情報の流布を嫌っている。
- 学芸員は、タレントや政治家などといった多数の目にさらされる人々とはまったく異なり、そういった情報の流布により、プライバシーの侵害のおそれがあるため、流布がなされない。
というような指摘もある。同じ日本の博物館施設でも、自然史系博物館、歴史系博物館、民俗学系博物館では学芸員の専門に応じた一般向けの講座や児童・生徒向けの教室がしばしば開かれており、そうした講座、教室のテーマ動向などによって学芸員の専門動向を比較的容易に知ることができる。しかし日本の美術系施設では、ワークショップ形式のイベントを取り入れている現代美術系の施設を除くと、そうした情報取得が比較的困難であるのが現状である。
なお、もちろん、国立などの、大きな美術館・博物館であれば、学芸員に相当する専門職員も多く、美術のほとんどの分野をカバーできるはずであるが、学芸員制度を採る私立、公立の美術館でそのような恵まれた施設はまれであろう。