国際連合教育科学文化機関
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国際連合教育科学文化機関(こくさいれんごうきょういくかがくぶんかきかん)は、国際連合の経済社会理事会の下におかれた、教育、科学、文化の発展と推進を目的として、1945年に設立された国際連合の専門機関である。
英語の正式名称は、United Nations Educational, Scientific and Cultural Organizationであり、その頭文字をとってUNESCO、ユネスコと称される。フランスのパリに本部がおかれている。
教育や文化の振興を通じて、戦争の悲劇を繰り返さないとの理念から、設立を定めたユネスコ憲章の前文には「戦争は人の心の中で生まれるものであるから、人の心の中に平和のとりでを築かなければならない」との文言があり、ユネスコ設立の目的とその精神を顕著に表している。
活動にあたっては、重点的に推進する目標として「万人のための基礎教育」「文化の多様性の保護および文明間対話の促進」などを定めており、それに基づき例えば前者に関しては識字率の向上や義務教育の普及のための活動、後者については世界遺産の登録と保護、文化多様性条約の採択のほか、歴史的記録遺産を保全する世界の記憶事業などを実施している。
この機関の目的に対する各国の関心は高く、加盟国は191ヶ国を数える(2005年4月現在)。日本は国際連合への加盟が認められた1956年に先立って1951年に加盟した。1980年代にはマネージメントに対する不満などからイギリス、アメリカなどの大国が相次いで脱退(それぞれ1998年と2003年に復帰)したが、復帰までの間日本による財政支援がユネスコ存続に大きな役割を果たした。
ユネスコ活動の普及と理解促進のため、世界の著名人を「ユネスコ親善大使」に任命し、様々な活動を行っている。
[編集] 歴代事務局長
代 | 事務局長名 | 出身国 | 在任期間 |
初 | ジュリアン・ハックスレー | イギリス | 1946年12月-1948年12月 |
2 | ハイメ・トレス・ボデー | メキシコ | 1948年12月-1952年12月 |
代理 | ジョン・W・テイラー | アメリカ | 1952年12月-1953年7月 |
3 | ルーサー・H・エバンス | アメリカ | 1953年7月-1958年12月 |
4 | ヴィットリーノ・ヴェロネーゼ | イタリア | 1958年12月-1961年11月 |
代理 | ルネ・マウ | フランス | 1961年11月-1962年11月 |
5 | ルネ・マウ | フランス | 1962年11月-1974年11月 |
6 | アマドゥ・マハタール・ムボウ | セネガル | 1974年11月-1987年11月 |
7 | フェデリコ・マヨール | スペイン | 1987年11月-1999年11月 |
8 | 松浦晃一郎 | 日本 | 1999年11月- |
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
- 国際連合教育科学文化機関(UNESCO: United Nations Educational, Scientific and Cultural Organization)
- 日本ユネスコ国内委員会(文部科学省におかれる特別の機関)
- 国際連合教育科学文化機関日本政府代表部
- 社団法人日本ユネスコ協会連盟
- patrimoniounesco
- 財団法人ユネスコ・アジア文化センター
- NPO法人目黒ユネスコ協会