中村紘子
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中村紘子(なかむら ひろこ、1944年7月25日~ )は、日本のピアノ奏者。
山梨県に出生、東京育ち。母中村曜子(1926年~1992年)は銀座で画廊"月光荘"を経営していた画商で、政財界にも顔が広かった。父親は不明。なお月光荘は1989年に約2000億円の負債を抱えて倒産した。
[編集] 略歴
- 3歳からピアノをはじめる。
- 桐朋学園の「子供のための音楽教室」で井口愛子に師事、慶應義塾幼稚舎に進む。
- 1959年、慶應義塾中等部3年生のときに日本音楽コンクールで第1位特賞を受賞。
- 1960年、岩城宏之指揮の東京フィルハーモニー管弦楽団の演奏会にソリストとしてデビュー。
- 同年、NHK交響楽団の世界ツアーのソリストに抜擢。
- その後、桐朋学園女子高校音楽科を中退して渡米、日本人として初めての全額奨学金を獲得してジュリアード音楽院に進み、ロジーナ・レヴィーンに師事。
- 1965年、第7回ショパン国際ピアノコンクールで第4位となる。様々な彼女のプロフィールで『ショパンコンクールに日本人として初の入賞』と誇張紹介されているが、本当の初入賞者は第5回の田中希代子。
- 以後、国内・海外で演奏活動を続ける。
- その一方で、ショパン、アルトゥール・ルービンシュタインはじめとする様々な国際コンクールの審査員、浜松国際ピアノコンクール審査委員長を務める。
- 1974年9月に芥川賞作家・庄司薫と結婚。東京三田のマンションで愛犬と共に暮らしている。庄司の芥川賞受賞作『赤頭巾ちゃん気をつけて』を読み、中村自身の名前が登場することを知り、著者近影を眺めて、将来この人と結婚するのだと心に思い描いていたらしい。
- ノンフィクション作家・エッセイストとしての顔も持ち、1989年には「チャイコフスキー・コンクール」で大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した。
[編集] レパートリー
古典派およびロマン派中心ではあるが、矢代秋雄のピアノ協奏曲の初演を行った他、三善晃や武満徹といった日本の現代作曲家の作品も多く採り上げている。