不飽和脂肪酸
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不飽和脂肪酸(ふほうわしぼうさん、unsaturated fatty acid)とは、1つ以上の不飽和の炭素結合をもつ脂肪酸である。不飽和炭素結合とは炭素分子鎖における炭素同士の不飽和結合、すなわち炭素二重結合または三重結合のことである。天然に見られる不飽和脂肪酸は1つ以上の二重結合を有しており、脂肪中の飽和脂肪酸と置き換わることで、融点や流動性など脂肪の特性に変化を与えている。また、幾つかの不飽和脂肪酸はプロスタグランジン類に代表されるオータコイドの生体内原料として特に重要である。
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[編集] 性質
不飽和脂肪酸は同じ炭素数の飽和脂肪酸に比べて、低い融点を示し不飽和結合の数が多いほど顕著である。とくに魚類など寒冷地に生息する変温動物にとって、不飽和脂肪酸の低い融点は生体構成脂質として有用と考えられるし、また魚類は多種多様な不飽和脂肪酸を利用している。
また、不飽和脂肪酸に二重結合が複数あるとき自動酸化されやすく油脂の酸敗や自然発火などの原因となっている。リノール酸で言えば11番の炭素原子は二つの二重結合にはさまれていて活性を持つ。さらに、リノレン酸は11番のみならず14番も同様に活性を持つ。 逆にオレイン酸は二重結合がひとつなので酸化されにくい。これは不飽和脂肪酸を多く持つオリーブ油が固まりにくい理由である。
また、不飽和脂肪酸が活性酸素と反応して生じる脂肪酸酸化物ラジカルは生体内で比較的長寿命であることから、DNAが活性酸素で切断される発癌機構に対しての寄与も示唆されている。
[編集] ヨウ素価
ヨウ素価(ようそか、iodine value)とは、油脂に対してヨウ素を作用させ、不飽和結合に付加して消費されたヨウ素の量で油脂中の不飽和結合の量を示す指標で、100 gの油脂が付加しうるヨウ素の質量をグラム数で示した値。ヨウ素価が86(オレイン酸トリグリセリドを指す)以下の油脂を不乾性油、86から130を半乾性油、130以上を乾性油と呼ぶ。
鹸化価と同様に数値が100近辺になるよう、反応物質の量を選んである。
[編集] エライジン化
オレイン酸などcis型不飽和脂肪酸を亜硝酸、セレン、亜硫酸などを作用させて(付加と引き続く脱離反応で)融点の高いトランス体へと変換することをエライジン化(Elaidinization)と呼ぶ。特にオレイン酸は広く一般の油脂の成分として見出され、油脂をエライジン化すると融点が上昇して固化するが、リノール酸・リノレン酸あるいは高度不飽和脂肪酸グリセリドの場合は固化しないので、オレイン酸の存在の指標とされることがある。
[編集] モノ不飽和脂肪酸
不飽和結合を1つ持つ脂肪酸を次に示す。
[編集] クロトン酸
クロトン酸(くろとんさん、crotonic acid)は、ハズ油に含まれる炭素数4のtrans-2-モノ不飽和脂肪酸である。C3H5CO2H、IUPAC組織名E-but-2-enoic acid、分子量86.09 、融点72-74 ℃、沸点180-181 ℃、比重1.027。CAS登録番号107-93-7。
[編集] ミリストレイン酸
ミリストレイン酸(みりすとれいんさん、Myristoleic acid)は、バター、鯨油に含まれる炭素数14の9-モノ不飽和脂肪酸である。C13H25CO2H、IUPAC組織名Z-tetradec-9-enoic acid、分子量226.26、融点-4.5から-4 ℃。CAS登録番号544-64-9。
[編集] パルミトレイン酸
パルミトレイン酸(ぱるみとれいんさん、Palmitoleic acid)は、タラ肝油、イワシ油、ニシン油に含まれる炭素数16のcis9-モノ不飽和脂肪酸である。C15H29CO2H、IUPAC組織名Z-hexadec-9-enoic acid。分子量254.42、融点5 ℃。CAS登録番号373-49-9。
[編集] オレイン酸
オレイン酸(おれいんさん、Oleic acid)は、殆どの動物性油脂に含まれオリーブ油の主成分でもあるcis-9-モノ不飽和脂肪酸である。C17H33CO2H、IUPAC組織名Z-octadec-9-enoic acid。分子量282.47、融点13.4 ℃。比重0.891。CAS登録番号112-80-1。
[編集] エライジン酸
エライジン酸(えらいじんさん、Elaidic acid)は、trans-9-モノ不飽和脂肪酸である。オレイン酸のtrans異性体でもある。 C17H33CO2H。IUPAC組織E-octadec-9-enoic acid。分子量282.47、融点43-45 ℃。CAS登録番号112-79-8。
[編集] バクセン酸
バクセン酸(ばくせんさん、Vaccenic acid)は、牛脂、羊脂、バターに含まれる11-モノ不飽和脂肪酸である。C17H33CO2H。
[編集] ガドレイン酸
ガドレイン酸(がどれいんさん、Gadoleic acid)は、タラ肝油、海産動物油に含まれるcis-9-モノ不飽和脂肪酸である。C19H37CO2H IUPAC組織名(Z)-イコサ-9-エン酸/(Z)-icos-9-enoic acid CAS登録番号は29204-02-2。
[編集] エルカ酸
エルカ酸(えるかさん、Erucic acid)は、ナタネ油、カラシ油に含まれるcis-13-モノ不飽和脂肪酸である。C21H41CO2H、IUPAC組織名Z-docos-13-enoic acid。分子量338.58、融点33-35 ℃。CAS登録番号112-86-7。
[編集] ネルボン酸
ネルボン酸(ねるぼんさん、Nervonic acid)は、脳糖脂質 (Nervon)、スフィンゴミエリン、血球糖脂質に含まれるcis-15-モノ不飽和脂肪酸である。C23H45CO2H、IUPAC組織名 Z-tetracos-15-enoic acid。分子量366.63、融点42-43 ℃。CAS登録番号506-37-6。
[編集] ジ不飽和脂肪酸
不飽和結合を2つ持つ脂肪酸を次に示す。
[編集] リノール酸
リノール酸(りのーるさん、Linoleic acid)は、多くの植物油に含まれ、特に半乾性油に含まれるcis-9-cis-12-ジ不飽和脂肪酸である。C17H31CO2H、分子量280.46、融点5 ℃、比重0.902。CAS登録番号60-33-3。
[編集] トリ不飽和脂肪酸
不飽和結合を3つ持つ脂肪酸を次に示す。
[編集] α-リノレン酸
α-リノレン酸(あるふぁ りのれんさん、alpha-Linolenic acid)は、アマニ油など乾性油に含まれる9,12,15-トリ不飽和脂肪酸である。C17H29CO2H、分子量278.44、融点-11℃、比重0.914。CAS登録番号463-40-1。
[編集] エレオステアリン酸
エレオステアリン酸(えれおすてありんさん、Eleostearic acid)は、キリなど乾性油に含まれる9,11,13-トリ不飽和脂肪酸である。C17H29CO2H、分子量278.44。
[編集] テトラ不飽和脂肪酸
不飽和結合を4つ持つ脂肪酸を次に示す。
[編集] ステアリドン酸
ステアリドン酸(すてありどんさん、Stearidonic acid)は、イワシ油、ニシン油などに含まれる、6,9,12,15-テトラ不飽和脂肪酸である。C17H27CO2H。
[編集] アラキドン酸
アラキドン酸(—さん、arachidonic acid)は、動物内蔵脂肪(脳、肝、腎、肺、脾)に存在する、5,8,11,14-テトラ不飽和脂肪酸である。細胞膜にあるリン脂質の分解により生じる。プロスタグランジン、トロンボキサン、ロイコトリエンなどのエイコサノイドを与える一連の代謝経路として知られる、アラキドン酸カスケードの出発物質として重要な化合物である。
[編集] ペンタ不飽和脂肪酸
不飽和結合を5つ持つ脂肪酸を次に示す。
[編集] エイコサペンタエン酸
エイコサペンタエン酸(えいこさぺんたえんさん、Eicosapetaenoic acid)IUPAC組織名all-cis-icosa-5,8,11,14,17-pentaenoic acidは、魚油に含まれるペンタ不飽和脂肪酸である。EPAと略される。分子量302.46、融点-54から-53 ℃、比重0.943。CAS登録番号10417-94-4。必須脂肪酸の一つである。妊娠中の魚摂取で6ヶ月時の認知能力が増すので、頭のよくなるサプリメントとも云われているが、水産製品中の水銀濃度が作用を相殺する。中性脂肪低下作用と抗血小板作用があり、脂質降下薬や抗血小板剤として高脂血症と閉塞性動脈硬化症の保険適用を有しており、JELIS試験で虚血性心疾患の2次予防効果が確認された。
[編集] イワシ酸
イワシ酸(いわしさん、Clupanodonic acid)は、イワシ油、ニシン油などに含まれる7,10,13,16,19-ペンタ不飽和脂肪酸である。
[編集] ヘキサ不飽和脂肪酸
不飽和結合を6つ持つ脂肪酸を次に示す。
[編集] ドコサヘキサエン酸
ドコサヘキサエン酸は、魚油に含まれるヘキサ不飽和脂肪酸である。分子量328.50、比重0.950。CAS登録番号6217-64-5。DHAと呼ぶことも多い。人体内ではα-リノレン酸から生成される。