モルドバ語
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
モルドバ語(ラテン文字表記:Limba moldovenească/キリル文字表記:Лимба молдовеняскэ)は、東部ロマンス語で、モルドバ共和国の公用語である。また、沿ドニエストル地域の公用語の一つである。
モルドバ語は、実際には政治的な理由によってルーマニア語を名前を改めただけに近く、ルーマニア語との違いはほとんどないと言われるが、モルドバ語をルーマニア語の一部と認めることはルーマニアの拡大主義に結びつくと見做される場合がある為、注意が払われている。
ルーマニアと同系統の民族が住み、1918年から1940年までルーマニア領であったベッサラビア(現在のモルドバ)では、住民の話す言葉もルーマニア語と呼ばれていた。第二次世界大戦によってベッサラビアがソビエト連邦に併合され、この地域にモルダビア・ソビエト社会主義共和国(モルドバ共和国の前身)が立てられると、モルドバに住む人々の言葉は文字をラテン文字からロシア語で使われるキリル文字に改められ、ルーマニア語とは異なったモルドバ語(諸外国ではモルダビア語と呼ばれた)であると主張されるようになった。
ソ連でペレストロイカが開始されるとモルドバでも民族主義運動が高まり、1989年にモルドバ語をルーマニア語と同じラテン文字の表記に戻し、公用語にすることが定められた。1991年にモルドバ共和国が独立を達成すると、改めて憲法に公用語と明記されるに至る。1996年には言語名をモルドバ語からルーマニア語に改める案が議会に提出されるが、否決された。
[編集] ルーマニア語との違い
度重なるロシアからの占領に加えソヴィエト占領時代の政治的目的による強制的なルーマニア語排除政策によってモルドバに住むルーマニア語を母国語とするルーマニア系モルドバ人も日常的にロシア語の語彙を交えて会話をするようになった。またソヴィエト時代において大学での教育および専門知識(農機具のマニュアルなど)は基本的にロシア語で行われていた。これは教科書および専門書がロシア語で書かれた物しか存在しなかったからである。よって今でも当時の教育を受けた技師や専門家は部品や部位の名称をロシア語でしか知らない場合が多い。よってこれらのロシア語語彙はルーマニアに住むルーマニア人には理解できない。
日常的によく使われるロシア語でルーマニア人の使わない語彙の例は
- maladeţ(マラディェッツ)すばらしいの意、ルーマニア語ではbravo(ブラヴォー)になる。
- srocina(ソローチナ)今すぐにの意、ルーマニア語ではurgent(ウルジェント)またはimediat(イメディアット)に相当
- paniatna(パニャートナ)解ったの意、ルーマニア語ではam inţeles(アミンツェレス)
など
方言としてあげられる例としては、
- cine(チネ/英語のwhoに相当する誰の疑問符)と通常発音される言葉がシニに
- bine(ビネ/good・良い)がギネに
- vine(ヴィン/ワイン)がジンに
- ce faci(チェファチ/何をしてるの?)がシファシに
変化する。
これはモルドバ共和国に隣接しステファン大王の時代のモルドバ(国)として一つだったルーマニアのモルドバ地方にも同様に存在する方言である。
[編集] ルーマニア語との軋轢
独立以前に学校教育を受けたルーマニア系モルドバ人は、大学レベルの高等教育としてルーマニア語を修学していない為、特別に個人的な努力を行わない限り、最終学歴をルーマニア語で終えることができたルーマニア人やルーマニア社会に比べ表現力に乏しく語彙が少ないという現象が一般的に起こる。このためルーマニア人の視点からは無教養に映ることから、ルーマニア系モルドバ人はこれに劣等感を感じさせることがある。
また人によってはロシア語とルーマニア語を混ぜて話すこともある。単に単語を交ぜるだけにとどまらず、1つの文をロシア語で話した後に次の文をルーマニア語にする等、同じモルドバ人ですら困惑するような場合が存在し、当然ルーマニア人、あるいはロシア人にとっても解釈ができない言語になってしまう。
2000年からモルドバ共和国の大統領を努めているウラディミール・ボロニンは、モルダビア共和国生まれのロシア系モルドバ人であり、ルーマニア語が母語ではなく下手なことで有名である。歴史解釈においても、ルーマニア系住民と異なっているため問題となっていたが、2006年7月にルーマニア大統領トライアン・バセスクの発言がきっかけでこの確執が再燃し、彼のロシア寄りの歴史観を元にした発言と、トライアン・バセスクの発言に対する反論がルーマニアのテレビで放映された。この際彼はルーマニア語で発言していたにも関わらず、先に述べた理由で語彙が不足であったこと、適切ではなかったこと、また文法上誤ったルーマニア語であった為ルーマニア人にとって理解し難い物だったことから、発言中ルーマニア語の字幕が画面下部に表記された。ちなみに通常彼は、国内のスピーチにルーマニア語ではなく、ロシア語を使っている。
このようなモルドバ的ルーマニア語はモルドバの田舎に住む教養の低い人たちの話し方にもよく見られる現象で、実際の教養レベルとは関係なくルーマニア系モルドバ人にとって恥だと感じさせるようである。