坂本博之
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基本情報 | |
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本名 | 坂本博之 |
あだ名 | 不動心、平成のKOキング |
階級 | ライト級・スーパー・ライト級 |
国籍 | 日本 |
誕生日 | 1970年12月30日 |
出身地 | 兵庫県明石市 |
命日 | |
死地 | |
スタイル | 右ファイター |
プロボクシング戦績 | |
総試合数 | 46 |
勝ち | 39 |
KO勝ち | 29 |
敗け | 7 |
引き分け | |
無効試合 | 0 |
坂本 博之(さかもと ひろゆき、1970年12月30日 - )福岡県田川郡出身のボクサーである。
幼少時代に預けられた養護施設のテレビでボクシングの試合を見たことがきっかけで、プロボクサーを志すようになる。
小松原高等学校卒業と同時に、角海老宝石ボクシングジムに入門。一時期、角海老宝石ジム系列の、角海老宝石勝又ボクシングジムに移籍していたが、現在は古巣の角海老宝石ジムに戻っている。
2006年8月27日現在の戦績は46戦39勝(29KO)7敗
[編集] 戦歴
- 1991年12月14日、賀誠治を1RKOで下しプロデビュー。
- 1992年12月18日、中山弘至を6R判定で下し、東日本ライト級新人王を獲得。
- 1993年2月20日、安田勉を6R判定で下し、全日本ライト級新人王を獲得。
- 1993年12月13日、リック吉村を9RTKOで下し、日本ライト級王座を獲得。同王座は1度防衛後、返上。
- 1995年5月6日、元WBA世界ジュニア・ウェルター級王者のファン・マルチン・コッジに10R判定で敗れ、初黒星を喫する。
- 1996年3月3日、ロジャー・ボリロスを11RTKOで下し、OPBF東洋太平洋ライト級王座を獲得。同王座は2度防衛後、返上。
- 1997年7月26日、WBC世界ライト級王者のスティーブ・ジョンストンの王座に挑戦。12R判定で敗れ、王座獲得ならず。
- 1998年8月23日、世界ランキングを1位に上げ、WBC世界ライト級王者のセサール・バサンの王座に挑戦。12R判定で敗れ、王座獲得ならず。
- 2000年3月12日、WBA世界ライト級王者のヒルベルト・セラノの王座に挑戦。1Rにセラノから2度のダウンを奪うが、坂本は4Rにセラノのアッパーで目を負傷。5Rには更に傷口が深くなり、レフェリーストップによるTKO負けを喫する。王座獲得ならず。
- 2000年10月11日、WBA世界ライト級王者の畑山隆則に挑戦。1Rから両者は激しい打撃戦を演じ、10Rに坂本は畑山のワンツーでダウンを喫する。10RTKO負けで王座獲得ならず。
- 2002年10月5日、階級をライト級からスーパー・ライト級に上げ、OPBF東洋太平洋スーパー・ライト級王者佐竹政一に挑戦。12RKO負けで王座獲得失敗。その後、首・腰痛の治療を行うために休養期間に入る。
- 2005年5月12日、スーパー・ライト級で柏樹宗と復帰戦を行い、5RTKO負けを喫するも、その後2戦して2勝(2KO)を収めている。
- 角海老宝石ボクシングジムのHP内で、2007年1月6日の試合を最後に現役を引退することを表明した。対戦相手はカノーンスック・シットジャープライト(タイ)(2006年11月29日現在)。
[編集] 獲得タイトル
- 第49代東日本ライト級新人王
- 第39代全日本ライト級新人王
- 第44代日本ライト級王者
- 第30代OPBF東洋太平洋ライト級王者