写研
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写研(しゃけん)は、写真植字機(写植機)および電算写植システムの代表的メーカー。自社システム専用の高品位フォントの開発でも知られる。また、同社の組版システムのことも一般に写研と呼ばれる。
先進的なシステムと高品位のフォントにより、かつては写真植字機の世界で圧倒的なシェアを誇り、印刷・出版業界のデファクトスタンダードとして君臨した。
かつての地位は失われているものの、今でも写研の系譜を継ぐものであることは一つのステータスとされる。例えば平成丸ゴシック体が写研によるデザインであることや、鈴木勉(と字游工房)や小林章などの書体デザイナーらも彼らが写研出身であることなどがよく語られる。
近年は安価なDTPの発展・普及によりその座を降り、営業所の数も縮小しているが、高い組版クオリティを要求する出版社などでは現在も支持されている。また、商業ベースの漫画の吹き出しなどに用いられている文字は、そのほとんどが写研機で出力された写植文字である(これもDTPによる置き換えが進み、対応する出力ショップも年々減少しつつはあるが)。テレビ番組のテロップに使われることも少なくなってきているが、TBSの生放送番組やNHKの一部テロップには今もなお、写研の書体が使われている。
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[編集] 歴史
- 1926年、東京都北区堀船町にて創業。創業者は石井茂吉。森澤信夫と共に写真植字機を世界で初めて実用化した。現在は石井裕子が跡を継いでいる。
- 当初は写真植字機研究所といい、のちに写研と改称した。また、森澤信夫は意見の対立から写研を離れ、モリサワを創業する。
- 「級 (Q)」や「歯 (H)」といった組版単位は、写研の組版機からはじまった。同社の社史によれば、1Q = 0.25mm(1/4mm)であることから「Q」はQuater(= 1/4)の略で「Q」表記が正しく、むしろ「級」は当て字であるという。一方「歯」は、組版機の送り用歯車の1歯がやはり0.25mmであることから名付けられた。(写真植字機も参照のこと)
- 現在の本社は東京都豊島区南大塚。
[編集] 写研書体とその周辺
[編集] 書体の開発
写研は、自社の組版機で使用するための書体のうちかなりの数を社内で設計した。活版印刷の時代と異なり、1書体あたりの専有面積が下がったため、字数がアルファベットに比して極端に多い日本語でも多数の書体を扱うことが可能になった。そのため、写研では率先して新書体を開発し、また賞金100万円(第1回当時)という石井賞創作タイプフェイスコンテストというオリジナル書体開発のコンテスト(優秀成績を収めると、写研からその書体がリリースされる)を設けてその開発を奨励した。
創業者たる石井茂吉自ら「石井明朝体」や「石井ゴシック体」を作ったほか、ゴナやスーボ、ナール、ボカッシイなど、写研システム以外では使用できない書体が大部分を占め、それらの書体を使いたいという需要が、現在も写研システムを使用する動機に繋がっているとも言われる。
[編集] 書体と技術
写研の説明によれば、美しい組版には、文字と組版ソフトウェアを切り離すことはできないものであり、そのため同社はそれらをセットで提供するのだという。実際、文字よりもむしろSAPCOL(後述)ゆえに写研組版を支持する人もいる。
一部の書体には、縦組み専用・横組み専用のものがあり、それらは字形が用途に合わせて最適化されている。
かな書体(ひらがな・カタカナのみの書体)も数多くあり、漢字書体と組み合わせて使用する。
- 光学式印字
- 写研システムは、「写真植字」というとおり、当初はガラスとフィルムでできた文字盤上に陰像(ネガ)状態の文字を使用していた。これに光線を当て、透過した部分が印画紙に焼き付けられる。手動式から電算写植システムになった当初は、この光学式印字を電子的に制御していた。
- デジタルフォント
- 光学式印字では印字速度に限界があるため、データとして蓄積しておいたフォントを焼き付ける方式になった。当初は精密ビットマップフォントが使用された。現在の写研マシンでは、DTP同様に、文字の輪郭情報を利用したアウトラインフォントが使用されている。これはCフォントという独自形式で格納される。文字コードは独自のSKコード(SK72/78の2種。違いは同一コード間でのグリフの違い)で管理される。
- タショニムコード
- 写研システムでは書体を「MMAOKL」「MNAG」などの、アルファベット数文字の記号で指定する。このコードを「タショニムコード」という。一見複雑だが、基本的に明朝-Mや、ゴシック-Gなどの略語表記と、それぞれのフォントファミリーにおけるウェイト(文字の太さ)どで構成されるため、覚えれば直感的に把握できる。NKSは「ニュースタイルかな書体スモール」、OKLは「オールドスタイルかな書体ラージ」を意味し、“オールドスタイル”は 明治初期の築地体をベースにしている。
- システムの独自性
- 写研の現用電算写植システムは、独自仕様で固められており、そのままではデータの互換性はあまりない。
- Cフォント
- 写研機に搭載されているCフォントは写研独自の形式で、MacintoshやWindowsのDTPではそれらの書体をフォントとして使うことはできないが、アウトライン化したepsデータを1文字単位で販売するサービスを行っている会社がある(写研直営ではない)。なお、Windows上で動作しIllustratorやPhotoshopを搭載した状態で出荷されているSingisであっても、それら外部ソフトからCフォントにアクセスすることはできない。
- SKコード
- 写研システム内では、文字は独自のSKコードという、約2万字を包括する文字コードで管理される。
- SAPCOL
- 写研機の内部で動いているSAPCOL(サプコル)と呼ばれるページ記述言語は、日本語組版に最適化されたもので、出版社ごとに異なる複雑な組版規則(ハウスルール)にも対応できる。30年にわたって独自の進化を遂げてきたプログラムであり、前掲のようなSAPCOL支持者はこれを「究極の組版プログラム」と呼ぶ。DTPで主流を占めるPostScriptはその名の通り、データの後に命令を記述する形式だが、SAPCOLはその逆で、「ファンクションコード」というコマンド文字の後に本文のデータが来る。ただし、プログラム言語に不可欠な繰り返し処理や変数、関数定義などの機能は持っておらず(前述のPostScriptでは実装されている)、任意の値を相対的に変化することはできない。この点ではSAPCOLは柔軟性に欠け、手作業に代わってパーソナルコンピュータなどでファンクションコードを自動挿入するプログラムを組む例がよく見られる。
- 写研コンバータ
- これは写研の製品ではないが、他社製の電算写植やDTPのデータを、写研の出力機で印字することができるように、変換するソフトウェア。写研のフォントに対する需要が高かったため、出力だけは写研システムを使う、という需要から発生した。ある意味では他社製システム全体を仮想フォント環境にしてしまうシステムと言える。:現在DTPにおいてシェア第1位のQuark XPressにも、XTensionとしてコンバータが存在する。だがコンバートに対する需要は、以前と比して減少しつつあるのが現実である。
[編集] 代表的な製品
[編集] 和文書体
写研の和文書体の、発表順一覧。2001年の書体見本帳から。
なお、書体名は2001年時点の呼称。本蘭明朝Lは当初「本蘭細明朝」、ゴナやナール、創挙蘭などはウェイト表示の末尾のアルファベットなしの名でリリースされた。
- 1932
- 石井太ゴシック、石井楷書
- 1933
- 石井中明朝
- 1937
- 石井ファンテール
- 1951
- 石井細明朝
- 1954
- 石井中ゴシック
- 1956
- 石井中丸ゴシック
- 1958
- 石井細丸ゴシック、石井太丸ゴシック、石井中教科書
- 1959
- 石井太明朝、石井横太明朝、石井太教科書
- 1960
- 石井特太明朝、石井細教科書
- 1961
- 石井特太ゴシック
- 1964
- 新聞特太明朝、新聞特太ゴシック
- 1967
- 岩田新聞明朝
- 1968
- 岩田細明朝、岩田太ゴシック
- 1970
- 石井中太ゴシック、岩田新聞ゴシック
- 1972
- 曽蘭隷書
- ファニー
- 1973
- ナールD
- 1974
- スーボ
- 1975
- 本蘭明朝L、大蘭明朝、石井新細ゴシック、ゴナU、ナールL、ナールM、ナールO、岩蔭行書
- 1976
- スーボO
- 1977
- ナールE
- 1979
- ゴナE、ゴナO、スーシャL、スーシャB、淡古印
- 1981
- 秀英明朝、石井中太ゴシックL、ゴナOS、ゴーシャE、ファン蘭B、けんじ勘亭
- 1982
- ゴーシャO、ゴーシャOS、ファン蘭O、ファン蘭OS、イナブラシュ
- 1983
- ゴナL、ゴナM、ゴナD、ゴナDB、ゴナB、ファン蘭E、ボカッシィG、岩陰太行書、ナカフリーL、ナカフリーB、イノフリー
- 1984
- スーボOS、織田特太楷書、イダシェ、1985、本蘭明朝M、本蘭明朝D、本蘭明朝DB、本蘭明朝B、本蘭明朝E、本蘭明朝H、ゴナH、ゴナIN、ミンカール、カソゴL、紅蘭細楷書、紅蘭中楷書、茅楷書、茅行書、織田勘亭流、鈴江戸、イナひげ、イボテ、ナミン
- 1987
- ナールDB、創挙蘭E、ナーカン
- 1989
- ゴーシャU、曽蘭太隷書、イナクズレ、イナミンE、いまりゅうD
- 1991
- キッラミン、けんじ隷書、ナカゴしゃれ、ナカミンダB-S、ナカミンダB-I
- 1993
- 爽蘭明朝、創挙蘭L、創挙蘭M、創挙蘭B、今宋M、イナピエロM、イナピエロB、イナピエロU-S
- 1995
- ナールH、ナールU、いまぎょうD
- 1996
- 石井中少太教科書、石井中太教科書
- 1997
- ゴカールE、ゴカールH、ゴカールU、スーシャH、横太スーシャU、ゴーシャM、はせフリーミンB、はせフリーミンE、はせフリーミンH、紅蘭太楷書、紅蘭特太楷書、田行書、けんじ特太隷書、ナカミンダM-S、ゴナラインU
- 2000
- 本蘭ゴシックL、本蘭ゴシックM、本蘭ゴシックD、本蘭ゴシックDB、本蘭ゴシックB、本蘭ゴシックE、本蘭ゴシックH、本蘭ゴシックU、イダサインM
[編集] 編集・組版機
- PAVO
- SPICA
- SAZANNA
- かつては入力専用端末だった。「一寸ノ巾」に従ったマルチストロークキーボードを搭載。漢字/仮名/約物はもちろん、SAPCOLのコマンド文字(「ファンクション」とも呼ばれた)も直接入力可能。仮想フォントながらも、CRT画面上で組み体裁が確認できるようになった。また、「ページ16」というオプションソフトを導入することで、最大16ページのレイアウト作業も可能になった(これは下記のGRAFにも移植される)。
- SAIVERT
- GRAF
- SAZANNAの後継機。PC用キーボードを採用したためワープロからの転向が容易とされたが、SAZANNA利用者からはSAPCOLのコマンド文字や特殊な漢字を直接入力できないという不満の声もあった。SAZANNAでは16ページまでしか作成できなかった「ページ16」は、オプションにより70ページまで組版することが可能になった。MS-DOSをインストールしたAT互換機を採用している。
- SAMPRAS-C
- 日立のワークステーションで稼動するWYSIWYGレイアウトアプリケーション。SAIVERT-Pをリアルフォント表示対応にしたうえでカラー機能が付加されているともいえる。画像取り込み/カラー出力にも対応(双方とも、「IMERGE(イマージ)」という端末を別途導入しないと利用が出来ない)。
- Singis
- カラー対応、多ページ対応。メイン21インチCRTディスプレイのほかに、パレット類の表示用の液晶ディスプレイを標準装備する。写研機ではじめて一般的なPC/AT互換機をベースマシンとして採用し、Windows NT上で動作するプログラムとなった。IllustratorやPhotoshopも搭載している。
- TELOMAIYER
- テロップ制作用装置として開発。文字盤を用いる「TG」、PC-9801シリーズで稼動し、感熱紙プリンタ・スキャナが接続可能な「C」、日立ワークステーション製(Windows NTバージョンも開発か)で稼動、HD画面にも対応する「C1」などのシリーズがある。
[編集] 出力機・サーバ
- SAPTON
- SAPTRON
- SAPLS
- SAGOMES - 校正用モノクロプリンタ
- A-color - 校正用カラープリンタ。富士ゼロックス製。DTPを含めてカラー校正紙をすべてA-colorと呼ぶ人も多い。
- RETTON
- IMERGE - データサーバー。幾人ものオペレータが協調動作するワークフローに必須。epsファイルをインポートする場合などにも使用できる。
[編集] 写研製品の命名の由来
写研は、途中から製品の名前にテニス選手の名前を使うようになった。
から、それぞれ取っているとされる。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
- (株)写研は、自社の公式サイトを持っていない。
- NET-DTP.COM - 株式会社シンカ。アウトライン化したEPSデータを販売しているため、DTPにおいて見出しなどに写研書体を使うことができる。このサイトで写研書体の見本を見られる。