伊東祐由
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
伊東 祐由(いとう すけみち、1631年2月18日(寛永8年1月18日)-1661年7月9日(寛文元年6月13日))は、日向飫肥藩の第4代藩主。父は第3代藩主・伊東祐久。母は滝川法直の娘。正室は大納言・姉小路公景の娘。官位は従五位下。左京亮。名は祐次(すけつぐ)とも。
1631年正月18日、江戸にて生まれた。幼名は藤松丸。1657年、父の死去により後を継いで藩主となる。このとき、弟の伊東祐春に3000石を分与した。2人の娘にしか恵まれなかったため、弟の伊東祐実を養嗣子とした。1661年6月13日、31歳で死去。後を祐実が継いだ。
- 伊東氏(飫肥藩4代)藩主
- 1657~1661
-
- 先代:
- 伊東祐久
- 次代:
- 伊東祐実