スレイター行列式
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スレイター行列式 (Slater determinant) とは、強くエンタングルしたフェルミオンの波動関数の性質を満たす最小単位である。スピン座標を含む正規直交な分子軌道 を使って以下のように表される。
軌道の添え字を置換する演算子 を導入すると、次のようにも書くことが出来る。
Slater 行列式は規格化されており、そのノルムは 1 である。
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[編集] フェルミオンの性質と Slater 行列式
強くエンタングルしたフェルミオンの波動関数の満たすべき性質は次の3つである。
- 粒子を交換すると符号が逆になる。
- 2つの粒子が同じ座標を持つと 0 になる。
- 全ての粒子は区別できない。
これは行列式の以下の性質と良く似ている。
- 2つの行、または列を交換すると符号が逆になる。
- 2つの行、または列が同じ時は 0 になる。
- 全ての置換パターンが考慮される。
実際、上記の Slater 行列式を見ると分かるように、フェルミオンの波動関数の性質を全て満たしていることが分かる。
[編集] Hartree 積と Slater 行列式
Slater 行列式の他に、ハートリー (Hartree) 積というものもある。これは、置換形式の Slater 行列式に出てくる
のことである。各フェルミオンは特定の軌道にのみ局在しており、これはエンタングルしていない(区別できる)フェルミオンの波動関数として利用される。量子化学の分野では主に原子核の波動関数として利用されている。
本来フェルミオンを交換すると符号は反転すべきであるが、粒子が明確に区別される状況であれば交換の起こる可能性自体を考慮から外すことができるわけである。また、その場合空間的にも離れて存在しているため、2つの粒子が同地点にくると約 0 になる。
一方 Slater 行列式は Hartree 積の線形結合で表されるが、その際 添え字の全ての置換パターンが考慮される。これは、全てのフェルミオンがどの分子軌道にも入りうることを表し、即ち、全ての粒子が区別できないということことを表している。
[編集] 複数 Slater 行列式
Slater 行列式は強くエンタングルしたフェルミオンの波動関数としての性質を全て満たしているが、その逆は成り立たない。即ち、そのような性質を満たす関数は Slater 行列式のみではないのである。
とは言っても、その関数は Slater 行列式と大きく異なるわけではない。単に複数の Slater 行列式の線形結合を取ったものなだけである。分子軌道を N 個から増やし、次のように表される。
これを複数 Slater 行列式と呼び、強くエンタングルしたフェルミオンの波動関数は全てこの複数 Slater 行列式を用いて展開できる。しかし、厳密には無限個の分子軌道と無限個の Slater 行列式が必要になる。
単一 Slater 行列式よりも、当然複数 Slater 行列式の方が表現力が大きく、計算精度は高くなる。しかし、その代わり考慮しなければならない Slater 行列式の数は精度を上げるにつれ極端に大きくなるため、あまり多くの Slater 行列式を考慮するわけにはいかないのが現状である。
[編集] Slater 行列式と第二量子化
第二量子化された Slater 行列式は、生成演算子 を使って以下のように表される。
この形式の利点は、通常の行列式のように煩雑でないため操作が簡単であるということと、粒子数を簡単に変えられることである。第二量子化された演算子の期待値は、ウィック (Wick) の定理によって比較的簡単に求めることが出来る。
複数 Slater 行列式は、単一 Slater 行列式に励起演算子を作用することによって得られる。