イシュビ・エッラ
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イシュビ・エッラ(Ishbi Erra、在位:紀元前2017年頃 - 紀元前1985年)は古代メソポタミアにおいて、イシン第1王朝を建設したアムル系の王である。(アッカド人とする説もある。)
[編集] 来歴
彼は南部メソポタミアに移住していたアムル人達の一人であり、ウル第3王朝に将軍として仕えていた。当時、ウル第3王朝はアムル人やエラムの圧迫によって弱体化しつつあり、ウル王イビ・シンは対応に追われていた。紀元前2022年頃、南部メソポタミアでは大規模な飢饉が発生した。イビ・シン王はイシュビ・エッラに食料調達を命じてイシン市へ派遣したが、イシュビ・エッラはイシン市を拠点にウル第3王朝に反旗を翻し、イシン第1王朝を建設した。なお、独立年については紀元前2017年以外にもいくつか説がある。
弱体化したウル第3王朝にはこれを阻止する力は最早無く、エラムの脅威にも曝されていたためにイシュビ・エッラの統治権を認め、更に対エラムの同盟すら持ちかけた。しかし間もなくエラムによって滅ぼされ、南部シュメールはエラムの支配下に入った。イシュビ・エッラはエラム人を撃退すべく各地を転戦し、10年にもわたる戦いの末エラムを駆逐することに成功した。
彼はエラムによって破壊されたウル市の復興に努め、ウル第3王朝の正統な後継者であることを意識して振舞った。彼以後のイシン王はそれを受け継ぎ、最早日常語ではなくなりつつあったシュメール語の文学を受け継ぐべく努力を重ねた。
彼の死後、息子のシュ・イリシュが跡を継いだ。