青ヶ島
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青ヶ島 | |
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上空からの青ヶ島北部 |
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座標 | 北緯32度27分28秒 東経139度45分33秒 |
面積 | 5.98km² |
海岸線長 | 9km |
最高標高 | 423m |
所在海域 | 太平洋(フィリピン海) |
所属国・地域 | 日本(東京都) |
青ヶ島(あおがしま)は伊豆諸島の島。行政区分は東京都八丈支庁青ヶ島村に属し、伊豆諸島における有人島としては最も南に位置する。日本の気象庁によって火山活動度ランクCの活火山に指定されている。
目次 |
[編集] 地理
東京の南358km、八丈島の南方65kmにある周囲約9kmの火山島。青ヶ島自体は、より大きな海中カルデラ全体の高まりのひとつにすぎず、第1東青ヶ島海丘、第2東青ヶ島海丘,第3東青ヶ島海丘などとともに、島の北東にある海中カルデラの外輪山となっている。なお、第2青ケ島海丘と第3青ケ島海丘の間にも、さらにカルデラがあると考えられている。
青ヶ島は典型的な二重式カルデラ火山で、島の南部に直径1.5kmのカルデラ(池之沢火口)があり、その中に丸山(別名:オフジサマ)という小さな火山がある(つまり青ヶ島と周辺海域には火口・カルデラ地形がいくつも重なっている)。青ヶ島の最高点はこの丸山を取り囲んでいる外輪山の北西部分に当たる大凸部(おおとんぶ)にある。外輪山の外側斜面は急な崖となって海岸線に続く。また、海岸沿いは高さ50~200mほどの直立する海食崖になっている。
島の北端やカルデラ内の数か所では噴気孔があり、黒崎海岸には海中温泉もある。
集落は島の北部にあり、村役場を中心に休戸郷(やすんどごう)と西郷(にしごう)のふたつ。ただし、集落に関係なく公的な住所は島内全て「青ヶ島村無番地」である。気候は温暖湿潤。
青ヶ島村#地理も参照のこと
[編集] 歴史
青ヶ島は第四紀火山として知られている。記録に残っているものでは、八丈島年代記に1652年に噴煙があがったことが記録されているほか、南方海島志には、1670年より約10年間大池より火山灰が噴出したとされる。
1780年7月には群発地震が発生し、8月に大池・小池の水位と水温が上昇。1781年5月3日に地震が群発し、翌日には降灰。1783年4月に火山活動により全家屋63戸が焼失し、火口内に丸山火砕丘が形成された。
いわゆる天明の大噴火は、1785年4月18日より発生し、5月末まで続いたとされる。このとき、島民327人のうち、八丈島への避難が間に合わなかった130~140人が死亡したと考えられており、1824年に名主の佐々木次郎太夫らが還住(全島帰還)を果たすまでの約40年間無人島になる。青ヶ島では、その後噴火は発生していない。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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