賢者の石
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
賢者の石(けんじゃのいし、ラテン語:lapidis philosophorum あるいは lapis philosophorum)とは、中世ヨーロッパの錬金術師が、鉛などの卑金属を金に変える際の触媒となると考えた霊薬である。人間に不老不死の永遠の生命を与えるエリクサーであるとの解釈もある。
目次 |
[編集] 概要
哲学者の石、天上の石、赤きティンクトゥラ、第五実体(第5元素)など複数の呼び名がある。これを得るために錬金術は発達したという。「賢者の石」、「哲学者の石」ともにラテン語の直訳だが、形状は石とは限らない。錬金術師たちが、様々な手段を用いてこの賢者の石を希求したという話が伝えられている。
12世紀にイスラム科学からの錬金術が輸入されると、ヨーロッパでは賢者の石の探求熱が高まった。神秘主義的なヘルメス思想とともに、様々な伝説と風聞が広まり、小説の題材としても使われるようになった。 黒魔術と関係付けて語られることもある。
[編集] 中国の練丹術
中国の道教では、服用すれば不老不死を得る(あるいは仙人になれる)という霊薬(仙丹)を作る術として錬丹術(煉丹術)がある。仙丹が賢者の石に相当する。『抱朴子』などによると金を作るのは仙丹の原料にすること、仙丹を作り仙人となるまでの間の収入にあてるという二つの目的があったことになっている。
[編集] 賢者の石の組成を推定する
中世ヨーロッパ錬金術に多大な影響を与えたジャービル・イブン=ハイヤーンの説に、水銀と硫黄の2要素説がある。その2要素の比率により卑金属や貴金属が生じるとした。 後に塩が加わって3要素説が生まれるが、いずれにせよ錬金術師たちは常に水銀に関心を寄せていた。 水銀を原料になんらかの反応を繰り返すことで賢者の石ができると考えていたようである。
水銀と硫黄の化合物である硫化水銀には色の異なるものがあるが、代表的なものは赤色を呈する。天然でも産出され辰砂という(写真)。中国で不老長寿の霊薬仙丹・金丹の原材料とされた(→錬丹術)。漢字「丹」は辰砂のことで赤色も意味する。(邪馬台国も産地とされる。)
「赤きティンクトゥラ」のティンクトゥラは、ラテン語で tinctura。本来は染料の意だが、生薬をエタノールに浸して作る液剤を言う。日本語でチンキ。製法からすると梅酒も赤きティンクトゥラで、体力回復には役立ちそうである。赤チン(マーキュロクロム液)はこの製法に依らない水銀製剤で、その殺菌作用から、かつて家庭常備薬として、傷口に塗っていた。
金を創出できなくとも、金メッキ(鍍金)は可能である。金を水銀に融かすと金アマルガムとなる。銅の表面を磨き上げてから金アマルガムを塗り加熱すると、水銀のみが蒸発して表面に金が残る。
ジャービルは、金を融かすことのできる王水を発明していた。金を王水で融かし、乾燥させると黄色の粉末、塩化金酸ができる。塩化金酸の水溶液も金メッキの材料となる。銅に塗布すれば表面が塩化銅となり、代わりに金が析出する。
賢者の石とは黄血塩(フェロシアン化カリウム)ではないかとの説もある。黄血塩は家畜の血や皮から膠(にかわ)をとるところで作られる。 この黄血塩と硫酸を混合した液体に金を入れて加熱すると、この液体に金が溶け込む。猛毒であるため近年は避けられているが、シアン化金化合物は電気メッキあるいは無電解メッキ材料のひとつとして現在も使われている。
金を融かし込んだ溶液に卑金属を漬け、銅線で微弱な電気を送ると卑金属表面に金が固着する。電気鍍金である。最古の電池としてバグダッド電池が古代中近東メソポタミアのごく一部で使われていたとの見解もある。
[編集] フィクションにおける賢者の石
[編集] 小説
- コリン・ウィルソンによる同名の小説がある。
- J・K・ローリングの小説『ハリー・ポッター』シリーズ第1巻のタイトルは『ハリー・ポッターと賢者の石』(原題: Harry Potter and the Philosopher's Stone)で、賢者の石が重要なものとして登場する。ただし、US版では、「賢者の石」(Philosopher's Stone)という言葉に馴染みがないとのことで、「魔法使いの石」(Sorcerer's Stone)と変えられている。
- 西尾維新著作の小説戯言シリーズの登場人物、《人類最強の請負人》哀川潤は賢者の石を探すという依頼を達成した。
[編集] コミック・アニメ等
- 鋼の錬金術師では、多数の生きた人間から魂だけを抽出し凝縮した、高エネルギー・情報体とされている。賢者の石以外にも呼び名があり、形状も鉱物とは限らない(液体)。
- 武装錬金ではこれをベースにした『黒い核鉄』が登場する。
- からくりサーカスではアクア・ウィタエの元となる『やわらかい石』として登場する
[編集] ゲームにおける扱い
ファンタジーのRPGなどにも「賢者の石」は登場する。この場合、金を作るものではなく、生命力を回復する鉱石や霊薬という扱いであることが多い。ゲーム世界の錬金術師にとっても、この「賢者の石」は、しばしば「究極のアイテム」として位置付けられる(アトリエシリーズなど)。
[編集] 関連項目
[編集] 参考文献
- 吉田光邦 『錬金術』 中央公論社<中公新書>、1979年。ISBN 4121000099
- ラムスプリンク、マテュラン・エイカン・デュ・マルティノー 『賢者の石について・生ける潮の水先案内人』 白水社<ヘルメス叢書>、1994年。ISBN 4560022909