谷川聡
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谷川 聡(たにがわ さとる、1972年7月5日-)は、日本の陸上競技選手で、現在は筑波大学体育専門学群専任講師。研究テーマは「人のビヘイビアが競技パフォーマンスにどのように関係するか」。110mハードルの第一人者で、アテネオリンピック代表。東京都出身。
愛称は「サトシ」「サトル」。元祖アイドルランナー・谷川真理はいとこである。1999年には、「陸上競技マガジン」誌上に「WHAT'S UP?」という連載を持っていたという一面もある。ヘルシンキ世界選手権男mH代表の成迫健児・男子砲丸投げ日本チャンピオンの村川洋平・のちにダイハツで活躍し、世界クロスカントリー選手権日本代表になった山中美和子・初代金栗賞受賞者の鐘ヶ江幸治らは筑波大学陸上競技部の後輩にあたる。
[編集] 略歴
東京都立八王子東高等学校から一浪して中央大学に合格。高校時代は都大会どまりの凡庸な選手であったが、中央大学進学後にいきなり素質が開花。一気にスターダムにのし上がった。鈴木真紀、小出正子とは同期。卒業後筑波大学大学院に進学した。途中休学しアメリカ合衆国に二年間留学。
大学院修了後、就職活動に失敗。一年間の浪人生活をへてミズノに入社。同期入社は、女子走り高跳び日本記録保持者で元日本代表の今井美希・女子円盤投げとハンマー投げの日本記録保持者でアテネオリンピック代表の室伏由佳(アジアの鉄人・室伏重信の愛娘)。同時期には中央大学で講師として体育実技を担当していた。担当科目はフィットネス。体の効率的な使い方を学ぶことを目的とした授業であった。
2004年、夏休み前の授業で学生に「ちょっとアテネ行ってくる」と言い残し、アテネオリンピックで110mハードルに出場。13”39という驚異的な日本新記録を樹立した。
その後、筑波大学に常勤ポストを得たことからミズノを退社。しかしまだミズノとの縁は切れておらず、チームミズノアスレティックの第一号メンバー。2005年、日本選手権優勝。同年のヘルシンキ世界選手権代表に選出され、出場。