義淵
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義淵(ぎえん・ぎいん、? - 神亀5年10月20日(728年11月29日))は、奈良時代の法相宗の僧。、『続日本紀』によると俗性は市往氏であるが、『扶桑略記』では大和国高市郡の出身で阿刀氏とする。
父母が長年観音菩薩に祈願して授かり、天武天皇により皇子とともに岡本宮で養育されたという。出家して元興寺に入り唯識・法相を修め、龍蓋寺(=岡寺)などの5ヶ龍寺を創建した。699年(文武天皇3年)学行褒賞で稲1万束を賜り、703年(大宝3年)に僧正に任じられた。元正・聖武両天皇の下で内裏に供奉した。『続日本紀』には、先代からの行いを称され727年(神亀4年)に岡連の姓を賜り兄弟に仕えることを許された、とある。
『三国仏法伝通縁起』によれば、弟子に玄昉・行基・隆尊・良弁などがおり、道慈・道鏡なども義淵の門下であったという。
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