第二の汚点
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第二の汚点 (The Adventure of the Second Stain、1905年)は、アーサー・コナン・ドイルのシャーロック・ホームズシリーズ作品の1つ。『第二のしみ』と日本語訳しているものもある。「ストランド・マガジン」1904年12月号初出。
注意 : 以降に、作品の結末など核心部分が記述されています。
[編集] あらすじ
重要な外交文書を紛失したので取り戻してほしい、と首相とヨーロッパ担当相から極秘裏に依頼がある。その文書はとあるヨーロッパの君主がイギリスの植民地政策に立腹し、外交ルートを通さずに寄こしたいわば私文書であり、大変不穏な文面である為これが公表されれば間違いなくイギリス国民に悪感情をもたらし、ヨーロッパ中が大混乱に陥るのは必至である。当の君主も一時の激情に駆られた事を後悔しているという。2人がベーカー街を去った後、ヨーロッパ担当相の夫人ヒルダが人目を忍んでやってきて、夫の依頼が何なのか、依頼内容が解決されなければ夫の立場は今後どうなるのかを思いつめた様子でホームズに尋ねる。
調査を進めるうち、容疑者のひとりとにらんでいたルカスがナイフで殺害される。殺害された部屋のじゅうたんに付いていた血のしみの下の床板には血が付いておらず、別のところの床板に第二のしみがあった。その日、ルカスの部屋で何が起こったのか、外交文書はどこに消えたのか、シャーロック・ホームズが解明する。
[編集] 他の聖典に記されている「第二の汚点」事件
「海軍条約文書事件」および「黄色い顔」に「第二の汚点」事件についての記述が見られる。
「海軍条約文書事件」では、「私(ワトスン)の結婚直後の7月」の事件として「第二の汚点」事件があげられているが、本作では「年代の10の位も伏せておかねばならない」としており、記述が矛盾する。
「黄色い顔」では、「第二の汚点」事件をホームズが間違いを犯した事件のひとつとしてあげているが、ホームズはこの事件で(真相を見誤った部分はあるものの)間違いを犯したとは言えないと考える研究家が大半である。
研究家の中には、本作のほかに、「海軍条約文書事件」「黄色い顔」のそれぞれで言及されている合計3つの「第二の汚点」事件があると考えているものもいる。
[編集] ホームズの引退
聖典の冒頭に、ホームズが探偵業を引退し、養蜂と研究に専念したという記述がある。これの前の作品である「僧坊荘園」が発表されたのが1904年9月、「第二の汚点」が発表されたのが同年12月であるので、ホームズの引退はこの間ということになる。