松平親明
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松平 親明(まつだいら ちかあきら、天明5年5月11日(1785年6月17日) - 文政8年11月12日(1825年12月21日))は、豊後国杵築藩の第8代藩主。父は第6代藩主・松平親貞(親明は次男)。母は側室の岸本氏。官位は従五位下。備中守。
1785年5月11日生まれ。幼名は直之助。1802年に叔父で先代藩主の松平親賢が嗣子無くして死去したため、その養嗣子となって後を継いだ。親明自身は能楽に秀でていたと言われているが、藩政においては百姓の逃散や一揆、打ちこわしが相次ぐなど多難を極めた。1825年11月12日、41歳で死去し、後を子の松平親良が継いだ。法号:剛中院。墓所:東京都台東区松が谷の海禅寺。