ノート:暗君
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
暗君というのは、歴史家等の主観が入っており、項目化するにも慎重さが必要では?--水野白楓 2005年9月24日 (土) 04:09 (UTC)
- ここの「暗君」記事に限らず「暴君」や「名君」といった分類は何が根拠なのでしょう。どの研究に依拠しているか、教えていただけないでしょうか。--Dokutou 2006年2月12日 (日) 17:44 (UTC)
どうしてか知りませんが日本が入ってないので、足しておきました。暴君はまだいいとして、暗君と名君は難しい。後醍醐天皇暗君説というのも十分に成り立ちますし、劉禅や徽宗なんて立憲君主国なら間違いなくルイ14世(こちらも死んで民衆が喜ぶような王は暗君・暴君じゃないのかとも言える)より上手くやるでしょう。ま、項目削除するほどの問題とは思いませんけども。--210.156.134.203 2006年2月20日 (月) 08:25 (UTC)
この記事の暗君とか結構判断材料が難しいと思います。例えば、徳川綱吉や徳川慶喜みたいに人によっては名君や暗君に別れる場合が多く出てきそうな感じがしますから、基準材料とかしっかりしないと編集合戦になりそうな予感がしますね。222.158.167.227 2006年2月24日 (金) 16:51 (UTC)
- 結局のところ、暗君か否かは特定の政治思想による価値判断という性格を持たざるを得ません。躍起になって暗君リストを整備することよりも、特定の君主がどのような観点によって暗君とされ、またいかなる観点によってそうではないとされるのかを丁寧に記述するほうを優先させるべきではないでしょうか。--ウミユスリカ 2006年2月25日 (土) 05:05 (UTC)
-
- あらかじめスタンスを示しますと、正直こういうカテゴライズは感心しません。あまりに主観的だと、危惧されているとおり編集合戦になりかねないからです。君主ではないですが、最近十年だけを見ても新撰組や田沼意次、曽国藩、蒋介石、といった人物評が時期・地域によってめまぐるしく変わりました。ですので、こういうカテゴライズは個別の記事でやって、どうしてそう判断するのかを詳細に記す方がよいと思います。ですが、ここを削除となるとこれまで書いてこられた方の労を無にするようで気が引けますので、せめてどうしてそうカテゴライズしたのか、自分の意見ではなく、どういう研究や書籍に書いてあるかを明記していただきたい。別に小説を含んでもいいでしょう。これは学問の堅実性ということもありますが、すでに亡くなって反論できない本人たちへの最低限の礼儀でもあると思います。--Dokuotou 2006年2月25日 (土) 09:40 (UTC)
[編集] 書き方について
どうせ書くなら、最低限他人が読んで理解できる内容のものをお願いします(ダメっぷりを現す面白エピソードとか)。特に何も書くことがないので、とりあえず「主体性がない」と書いたようなものは、全て削除及び修正させていただきました。Kuro-hato 2006年11月16日 (木) 13:51 (UTC)
題の有名な暗君では、書かれた人物が暗君であると断定したような語感を覚えます。例えばこの文章では劉禅は必ずしも暗君として書かれていないように思いますし、暗君として有名な人物と言う風に書き換えるべきのように思います。 ついでに申しますと、私自身、現在のこの項目はほとんど価値を感じません。しかし、何故、暗君とされたかという疑問を追求するのであれば、非常に有意義で有るように思います。そういう理由で、いままで意図的に外されていたのかもしれないですが夏の桀王、殷の紂王を書き加えたいと思います。--Houkun 2006年12月12日 (火) 03:35 (UTC)