愛宕山 (仙台市)
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愛宕山(あたごやま)は、宮城県仙台市太白区にある山である。山の名は山上にある愛宕神社に由来する。
[編集] 地理
仙台市中心部の南西、中心部とは広瀬川を隔てる位置にあり、川と平行に東西に尾根を伸ばす。この東西方向で傾斜が比較的緩く、広瀬川に面した北に向けて傾斜が急である。そのまま川まで傾斜が落ち込むのは西端だけで、他の場所では北面に平地をとる。山上から市の中心部を見下ろすが、現代では高層ビルで地平線が区切られ、ビル街の北までは見渡せない。
東の尾根の先端は広瀬河畔通を作ったときに切り取られた。この道路は北に、愛宕大橋を渡って仙台市中心部に通じる。東の尾根から石段を登るのが愛宕神社の参道で、山上の東側に神社の建物がある。車が登れる坂道が南側から回り込むようにつけられている。山上の西側は、虚空蔵堂という寺院で、山の南から登る。
南には大年寺山があり、これとの間の谷は大窪谷地という。2006年現在は住宅地である。
[編集] 歴史
愛宕山の北斜面と南東斜面には、7世紀に横穴墓が多数作られた。愛宕山横穴墓群という。急斜面の横から、岩を削って掘り込み、内部に1メートルから3メートルほどの空間を作り、次々に人を埋葬したものらしい。
16世紀前半に経塚が築かれ、1931年(昭和6年)に発掘されて愛宕山経塚と呼ばれた。
江戸時代に愛宕神社が山上に建てられた。愛宕山は仙台に入る街道から外れていたが、迂路をとって登る人も多かった。ここから仙台の町が展望できたためである。現代の観光客は青葉山から仙台市街を見下ろすが、そこは仙台城本丸であるから、江戸時代に旅行者が立ち寄ることはできなかった。
仙台の市街が拡大し、愛宕山の麓まで住宅が建てられると、斜面の横穴は民家の物置に使われた。第2次世界大戦中には、防空壕に転用されたものもあった。こうした転用で多くの中の遺物・遺骨が失われたた。さらに後には、宅地造成のために壊されるものもあった。1976年(昭和51年)には、愛宕大橋建設に伴う道路工事で愛宕山装飾横穴古墳が見つかり、緊急発掘の後、取り壊された。
[編集] 関連項目
- 愛宕山 - 同名の山の一覧