島根県立松江北高等学校
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島根県立松江北高等学校 | |
創立 | 1876年(明治9年) |
設置学科 | 全日制普通科 全日制理数科 通信制普通科 |
所在地 | 〒690-0872 |
島根県松江市奥谷町164 | |
電話番号 | 0852-21-4888(事務室) 0852-21-0655(職員室) |
外部リンク | 公式サイト |
島根県立松江北高等学校(しまねけんりつ まつえきた こうとうがっこう)は、島根県松江市に所在する公立の高等学校である。島根一中以来の歴史を汲む伝統校である。通称・北高(きたこう)、松江市外の者が呼ぶ場合は松北(まつきた)。
全国の公立高校のなかでも有数の進学校。国公立大学への合格者数を極端に重視。私立進学希望者はアウトサイダー的存在に位置付けられる。普通科・理数科のほかに、卒業生の浪人を請け負う、補習科を併設。 「質実剛健・文武両道」がモットー。 その文武両道が評価され、21世紀枠での選抜甲子園出場を果たしたこともある。
松江の地にゆかりの深い小泉八雲が英語教師として赴任した学校としても知られる(1890年)。 2人の総理大臣を輩出。 平成18年に創立130周年をむかえる。
県下では進学、部活動成績共に群を抜いているが、上記のように国公立大学への合格者数を極端に重視していることや、進学率を上げるために生徒の意図を尊重しない進路指導をとることもしばしばあり、地元では批判の声があがっているのも事実である。毀誉褒貶の激しい学校である。
今回の履修問題で、理系コースの生徒の世界史未履修問題が発覚した。理系コースでは世界史Aをほんの二週間ほど授業をしただけで済ませてしまう問題が何十年も起こっていた。文系コースでも、センター試験で世界史Bを受験する生徒と東京大学、京都大学、一橋大学といった二次試験で世界史Bを受験する生徒以外は、世界史Bを教科書の内容の三分の一程度しか授業で履修していないという問題があった。生徒には教師から簡潔な説明しかなされていなかった。なお、島根県のほぼ全ての公立高校で、ほぼ同様の問題が生じていたことが発覚している
目次 |
[編集] 沿革
- 1876年 - 教員伝習校内変則中学科を設置
- 1884年 - 島根県第一中学校と改称
- 1886年 - 島根県尋常中学校となる
- 1907年 - 島根県立松江中学校と改称
- 1949年 - 島根県立松江第一高等学校、同第二高等学校、松江市立高等学校の3校を統合し、島根県立松江高等学校として創設
- 1955年 - 通信教育部を県立松江工業高校より移管
- 1961年 - 島根県立松江北高等学校と改称。通信教育部を島根県立松江北高等学校通信制課程と改称
- 1966年 - PTA立補習科を設立
- 1968年 - 理数科を設置
- 1978年 - 創立100周年及び新校舎竣工記念式典を挙行
- 2002年 - 第74回選抜高等学校野球大会へ21世紀枠で出場
- 2006年 - 創立130周年
[編集] 概要
上記に述べた通り、県トップの進学校である。全国規模でみると2002年に公立高校国公立合格者数全国1位を成し遂げた。基本的に推薦入試は利用しないのが方針であるらしく、合格者のほぼ全てが前・後期日程で合格している。私立を第一志望に掲げることは、前述にあるとおり、基本的に認められない。ただ全国一位といっても進学先のレベルはまちまちで、難関大・医学部等に合格するのはほぼ、普通科の理系・文系早進度クラス(計90名程度)、理数科の上位者(45名中)の生徒である。
部活動も盛んで、先に行われた第44回島根県高等学校総合体育大会(略称・高校総体)では男子総合3位、女子総合優勝で北高史上2度目となる男女総合4連覇を達成した。生徒の大半は部活動に参加している。また合唱部は全国の常連である。
校則としては携帯電話持ち込み禁止、ルーズソックス禁止(明文化はされていないので厳密には校則ではない)などがある。また不定期で抜き打ちの頭髪・服装検査があり違反者は生活指導部長に呼び出されるなど比較的厳しい。
学校生活では1~7限目までの授業が基本。 3年生になると時には0限授業、18:20まで「放課後学習」という自主学習が実施される。
またテストが多く、定期テスト・課題テスト・模試など1∼2年生は月に2・3回、3年生の秋ごろにはほぼ毎週といっていいほど実施される。
夏休みは他の高校より極端に少なく、ほぼすべてが補習授業に当てられる。
[編集] 教職員
- 小泉八雲(パトリック・ラフカディオ・ハーン(ヘルン)) - 作家、日本研究家
[編集] 出身者
旧制中学
- 若槻礼次郎 - 第25代、第28代内閣総理大臣
- 竹下登 - 第74代内閣総理大臣
- 恒藤恭 - 法哲学者
- 永井隆 - 医師、医学博士
- 足立正 - 実業家(日本商工会議所第12代会頭)
- 松本肇 - 英文学者
- 梅謙次郎 - 法学者、法政大学創立者の一人
- 河井寛次郎 - 陶芸家、エッセイスト
- 山内以九士 - 戦前の東京六大学野球・慶大選手、野球殿堂
- 田中隆吉 - 陸軍少将
新制高校