小山田いく
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小山田いく(おやまだ いく、1956年6月10日 - )は、日本の漫画家。代表作に『すくらっぷ・ブック』など。長野県小諸市出身・在住。本名は田上 勝久(たがみ かつひさ)。長野工業高等専門学校機械工学専攻卒業。
同じく漫画家のたがみよしひさは実弟。
[編集] 略歴
1979年、本名(田上勝久)で描いた『五百羅漢』(「別冊ビッグコミック」12月1日号)で漫画家としてデビュー、同年、『12月の唯』(「週刊少年チャンピオン」第13回新人漫画賞佳作)で小山田いくとしてデビューした。ちなみに同じ回の新人漫画賞では『プラレス3四郎』の神矢みのる(入選)、『べにまろ』の木村和昭(佳作)などがいた。
その後、『春雨みら~じゅ』『三角定規ぷらす1』といった読切短編を発表し、1980年、長野県小諸市の「市立芦ノ原中学校」を舞台とした青春ラブコメディ『すくらっぷ・ブック』で連載デビューする。この作品は前3作の短編から『春雨みら~じゅ』の柏木晴(かしわぎ はる)を主人公とし、これら3作全ての登場人物を含めた学園生活(2学年進級から中学校卒業まで)を描くというもので、2~4頭身に“サリーちゃん足”というコミカルなキャラでギャグを演じている様に見えながら実は真剣に問題にぶつかっていく少年たちの姿を描くという斬新な作風で、一躍人気を獲得する。
『すくらっぷ・ブック』以降しばらくは『シューティング・ザ・ムーン』(短編)『ぶるう☆ピーター』『ウッド・ノート』など、同様の恋愛青春群像を中心に描いていたが、1987年発表の『マリオネット師』ではマリオネットを操る若きスリ師の目を通して様々な人生劇を描く手法で、その人気を不動のものとする。以降、環境問題や社会問題といった作品を得意とするようになり、”社会派少年漫画家”とでも言うべき地位を確立する。また、自身の趣味から鉄道にまつわる作品も多数発表している。
絵柄とストーリー展開に昨今の人気作品に見られる派手さがやや欠けるためか、その後は大ヒットと呼べる作品もなく、近年は長期連載も見られなくなっているが、その真摯な作風に現在でも連載や旧作の復刻を強く望む根強いファンが多い。しかし、彼の作品には未成年のキャラクターが酒を飲むシーンが多い為、アニメ化された事はないのが惜しまれる。
なお、1994年以降は少年チャンピオンと同じ秋田書店発行のミステリー・ホラー誌に執筆することもあったが、その作風はホラー漫画にありがちな絵柄の怖さのみならず、その設定や展開の怖さによって読者に訴えかけるという、小山田独特のものであった。
[編集] 作品リスト
- 恋愛青春系作品
- 子供向け・ギャグ作品
- どん亀サブマリン
- 霊脳バトル
- ろこモーション
- もののけトゥモロウ
- 人間模様系統
- 風の宿
- 迷い家ステーション(まよいが―)
- マリオネット師
- 衆楽苑(しゅうらくえん)(2005年に復刊ドットコムより復刊)
- 社会派作品
- 合歓リポート(ねむ―)
- フォーナが走る
- マンガでわかるソフト開発
- 生命のダイアリー(原作・取材:達山一歩)
- サスペンス・ホラー作品
- 青色学級(ホラー・コミックス)
- 紅い十字路(あかい― ホラー・コミックス)
- あの悪魔(ホラー・コミックス)
- 空っぽの命(ホラー・コミックス)
- クイーンビー(Queen Bee)
- 臨死界より(りんしかいより ホラー・コミックス)
- 魑魅(すだま)
- アニマルDr.由乃(1999年~2000年にサスペリアにて初出、2004年末に復刊ドットコムより復刊)
- 弟・たがみよしひさとの合作
- 道はコンチェルト(『我が名は狼(うるふ)』第1巻収録)
[編集] 外部リンク
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