家畜人ヤプー
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『家畜人ヤプー』(かちくじん-)は、1956年より奇譚クラブに連載され、その後断続的に多誌に発表された沼正三の長編SF・SM小説。
作品中の未来世界の描写のスキャンダラスさと完成度から戦後最大の問題作、あるいは戦後最大の奇書と称されることもある。また、石森章太郎・シュガー佐藤(発表はシュガー佐藤名義、版によって石森章太郎表記がある)、江川達也などが漫画化している。一般にその知名度はそれほど高くないが、文学界での知名度は抜きん出て高い。
なお、本作品はマゾヒズムや汚物愛好、人体改造を含むグロテスクな内容、読者によっては途方に暮れるほどの緻密な世界観の描写を含むため、読み手を選ぶ小説である点は注意が必要である。
目次 |
[編集] 沼正三
結論から言えば、沼正三の正体は不明である。沼正三の正体は戦後文学史の一つの謎であった。詳細な知識を駆使し、性的倒錯と戦後の敗戦・白人コンプレックスを圧倒的な完成度でSFとして描いた本作は、著名な作家の変名作品ではないかと疑われていたのである。80年代に元判事(倉田卓次)が著者だとの暴露事件が起こり、代理人として活動していた天野哲夫が筆者であると名乗ったが、虚偽ではないかとの指摘があり議論は紛糾した。『家畜人ヤプー』では前半と後半では作風に大きな違いがあり、これも筆者の特定を困難としていると同時に、複数の筆者の存在を暗示している。2005年発表された、倉田卓次の回想録により、天野哲夫が筆者であることが明言された(事実上の襲名)。沼正三名義の他作品には、『ある夢想家の手帖から』などがある。
団鬼六は「その内、天野氏は自分が沼正三であるといい出しヤプーの続編やら エッセーやらを沼正三気取りで書き出したものだから、純粋のヤプーファン層はソッポを向くようになった。本物と偽者とではやっぱり質が違うのである」(文藝春秋2004年9月号)と発言している。
[編集] 連載から出版
奇譚クラブ連載時から、この極めて異色な作品の存在は、当時の文学者・知識人の間で話題となっていた。そのきっかけは、第一発見者ともいうべき三島由紀夫がこの作品に極度にほれ込み、盛んに多くの人々に紹介したことによる(この点に関し、後に三島は自らの思想的な問題(楯の会での一連の右翼的行動)もあって本作品に対する評価を次第に変えていった、とする趣旨の奥野健男の主張が初版単行本「あとがき」にあるが、単行本刊行後(三島自決直前)に行われた三島と寺山修司との対談の中で、三島自身がこの奥野の主張を事実無根として、憤慨の念を込めて強く否定している)。三島のみならず渋沢龍彦、寺山修司らの賞賛もあり、文学界では知名度の高い作品となった。なお、前記倉田卓次元判事の回想録には、この作品の製作過程における三島本人の匿名による関与があった可能性を示唆した記述がある。
奇譚クラブ誌上での連載を終えて、誌上の都合で掲載できなかった部分などの作者による加筆の後、単行本出版が計画されたが、1960年代当時の世相背景では右翼・左翼両陣営からの強い反発が予想されたため、出版は難航した。(右翼にとっては日本文化・皇室に対する不敬冒涜であり、左翼にとっては人権無視・差別主義の内容である)
都市出版社により単行本が出版された。(初版の出版には康芳夫が関与)雑誌「奇譚クラブ」1957年12月号~1959年連載中では連載の打ち切りという事情もあり物語は完結せず、都市出版社版、角川文庫版、スコラ版、太田出版版、幻冬舎アウトロー文庫版と補正加筆が行われながら版が重ねられ、完結に至る。この事情により版により内容に食い違いが存在する。石森章太郎・シュガー佐藤により漫画版が製作され、後に江川達也による漫画も出版された。
[編集] ストーリー
注意 : 以降に、作品の結末など核心部分が記述されています。
婚約したカップルである日本人青年留学生麟一郎とドイツ人女性クララは、ドイツの山中で未来帝国EHS人ポーリーンが乗った未来世界の円盤の墜落事故に巻き込まれる。それがきっかけでクララと麟一郎は未来世界へ招待されることとなる。
未来帝国EHS(イース=百太陽帝国、またの名を大英宇宙帝国)は白色人種の「人間」と隷属する黒色人種の半人間「黒奴」と旧日本人である家畜「ヤプー」の三色の厳然たる差別の帝国である(なお日本人以外の黄色人種は未来世界において滅亡している。日本人の人間性は否定され、類人猿の一種とされている)。
イースの支配機構はヤプーに対しては、抵抗するものを屈服させるのではなく、予め奉仕する喜びを教え込み服従を喜びのうちにさせる仕組みである。黒奴に対しては巧妙な支配機構により、大規模な抵抗運動は行えないようになっており、小規模の散発的抵抗がまれにあるだけである。黒奴の寿命は30年ほどで、白人の200年より短い。
また、EHSでは女が男を支配し、男女の役割は逆転していた。女権主義の帝国である。EHSの帝位は女系の女子により引き継がれ、男性は私有財産を持つことすら禁止され、政治や軍事は女性のすることで、男性は化粧に何時間も費やす。EHSではSEXにおいても騎乗位が正常位とされるほど徹底している。
そして、家畜である日本人「ヤプー」たちは家畜であるがゆえに、品種改良のための近親交配や、肉体改造などを受けており、「ヤプー」は知性有る動物・家畜として飼育され、肉便器「セッチン」など様々な用途の道具「生体家具」や畜人馬などの家畜、その他数限りない方法により、食用から愛玩動物に至るまで便利に用いられている。
さらに日本民族が、元々イース貴族であるアンナ・テラスにより、タイムマシンの利用によって、日本列島に放たれた「ヤプー」の末裔であること、日本神話の本来の物語の暴露、これに基づく日本の各種古典の解釈が行われる。
日本人青年麟一郎とドイツ人女性クララのカップルが空飛ぶ円盤に遭遇したため、このような未来世界へいざなわれた。二人は未来世界で様々な体験をする。クララは貴族として迎えられ、EHSの事物を満喫する。麟一郎は心身を改造され、凄まじい葛藤を経て、自らクララの家畜として生まれ変わる。その間わずか一日であった。
[編集] 主な登場人物
- 瀬部麟一郎(せべ りんいちろう)
- 主人公。クララと恋人同士。柔道の達人であり優秀な学生である。ドイツ留学中で、クララと知り合い恋仲になった。未来世界からの円盤(タイムマシン?)が墜落した時、たまたまシャワー中であったためクララを案じて裸で飛び出したことにより、ポーリーンにヤプーと誤認され、イースに連れて行かれる。その後イースで改造・調教を受けクララの家畜となる。
- クララ・フォン・コトヴィッツ
- 麟一郎の恋人。白人女性ということで、ポーリーンに導かれたイースにおいて最上級の扱いを受ける。そのため麟一郎の男らしい部分に惹かれていた心が次第に変化し、麟一郎を「リン」と呼び犬のように連れまわすことに何の疑いも持たなくなる。
- ポーリーン・ジャンセン
- イースから現代(作品世界では1960年代のドイツ)にやってきた女性。麟一郎とクララをイースに導く。シリウス圏の検事長の要職にあり、ジャンセン侯爵家の嗣女である。また、イース世界でのクララの保護役である。
- ドリス・ジャンセン
- ポーリーンの妹。スポーツ万能の美少女。
- セシル・ドレイパア
- ポーリーンの兄。家畜文化史の専門家。ヤプーについて解説者的役割を果たす。
- ウィリアム・ドレイパア
- セシルの妻の弟。クララに恋心を抱く。男なのにレースに参加するような、イース世界には珍しい「おてんば」青年。美男(イケメン)。
- アンナ・テラス(オヒルマン公爵)
- 前地球都督。天照大神ご本人である。
[編集] 単行本
- 都市出版社(1970年発行): 全28章。奇譚クラブ連載版に加筆されている。白人女性アンナ・テラスを天照大神とする記述が右翼から抗議されたと言われる。
- 角川文庫版(1972年発行 ISBN 4041334012): 全28章。都市出版版に更に加筆・修正されている。
- 角川限定愛蔵版(1984年発行): 全31章。続家畜人ヤプーとして発表された増補を含む。
- 大田出版版(1992年発行): 全3巻
- 上 ポーリーンの巻 ISBN 4872330935
- 中 アンナ・テラスの巻 ISBN 4872330994
- 下 ドリスとクララの巻 ISBN 4872331028
- 幻冬舎アウトロー文庫版: 全5巻
- 1巻 ISBN 4877287817
- 2巻 ISBN 4877287825
- 3巻 ISBN 4877287833
- 4巻 ISBN 4877287841
- 5巻 ISBN 487728785X