妙見堰
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妙見堰(みょうけん-)は新潟県長岡市、信濃川中流部に建設された堰である。
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[編集] 沿革
長岡市は古来から交通の要衝として重要視され、江戸時代には長岡藩牧野氏7万5千石の城下町として栄えた。以後新潟県第2の都市として発展するが、関越自動車道・北陸自動車道の長岡ジャンクションの建設や上越新幹線の開通等によって関東方面へのアクセスが良くなった事で、人口が更に増加していった。この為水需要の確保が叫ばれるようになっていった。
一方、山手線・中央線を始めとする首都圏の鉄道網を支える上で不可欠な電力を信濃川水系から供給している国鉄は、宮中ダムを始めとする水力発電施設を信濃川に建設していたが、新小千谷発電所の有効利用を図る為には不可欠な、水量逆調整の為の調整池建設を検討していた。
こうした事から信濃川に堰を建設して水需要の確保と、発電用逆調整池の確保を図る事になり建設省(現・国土交通省北陸地方整備局)と国鉄から分割・民営化したばかりのJR東日本の共同事業として妙見堰は1985年(昭和60年)に計画され、15年の歳月を掛けて1990年(平成2年)に完成した。堰の目的は上水道・灌漑・発電用水の逆調整である。又、堰管理道路は長岡市の交通渋滞緩和の為に国道17号小千谷バイパス(越の大橋)が通過しており、地域の物流発展にも役割を果たしている。この為、妙見堰は国土交通省北陸地方整備局の河川部門と道路部門、そしてJR東日本の三者が共同管理している。
[編集] 震災による被災
堰は一般にも自由に見学出来るように資料館等を設けて開放している。完成以降地域の水需要に応えていたが、2004年(平成16年)10月、長岡市を中心とした中越地域を新潟県中越地震が襲った。震源地付近の長岡市では震度6を観測し甚大な被害を受けたが、妙見堰も管理棟や門柱が半壊する等の被害を受けた。ダム・堰が地震によって被害を受けた稀少な例であるが、現在国土交通省によって災害復旧工事が進行中である。