大王QUALLT
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大王QUÄLLT(だいおうかると 1977年1月13日 - )は、日本の元プロレスラー。本名:瀬野 優(せのまさる)。 香川県高松市出身。身長176cm、95kg。そのレスラーとしての活動において、本名およびマスクマン大王QUÄLLTの名前で知られる。「Ä」の字は特殊記号のため「A」の字で代用される事が多い。みちのくプロレスに所属していたが、スペル・デルフィンの離脱にともない大阪プロレスに移籍。その後大王QUALLTにギミックチェンジしヒール(ルード)として活躍した。キャッチフレーズは「キング・オブ・テラー」。2005年4月24日引退。
[編集] 経歴
アニマル浜口トレーニングジムで修行を積む。
1997年7月、八戸市東運動公園体育館興行の星川尚浩戦でデビュー。
以降大王QUÄLLTとしての活動
8月、ルード軍LOVの謎の黒頭巾に洗脳され大王QUALLTに生まれ変わる。黒を基調としたコスチュームともじゃもじゃした頭、黒地に赤いペイントが特徴。
2001年2月、Gammaとブラックバファローの確執からルード軍LOVの解散を宣言する。6月、首の頚椎椎間板ヘルニアが悪化し長期欠場に入る。12月1日のデルフィンアリーナ大会にて新ルード軍FLUXxxの一員として復帰。コスチュームを一新し、おうど色を基調とした古代の埴輪を思わせるタイル模様のついたものへと変更した。
2002年3月、コスチュームを変更、黒を基調とし赤い稲妻模様の入ったデザインとなる。
2003年2月、Gammaの離脱によりFLUXxx解散。ビッグボス"MA-G-MA"を首領とし、ゴア(ヒールターンしたスペル・デメキン)、ブラックタイガースの4人で新ルード軍岸和田愚連隊を結成する。
2004年4月17日、IMPホールで行われた大阪プロレス選手権試合に勝利し第7代シングル王者となる。防衛には1度成功するが、8月にビリーケン・キッドに敗れ王座から陥落する。 12月、ブラックバファローとのタッグで大阪プロレスタッグ選手権に勝利、第9代タッグ王者となるが、翌年2月の初の防衛戦に失敗し王座から陥落している。
2005年4月24日、首のヘルニアが完治しない事もあり引退する。
引退後は運転手をしているとの事。
[編集] 得意技
スピーディーな動きはやや苦手としていたが、しっかりとした体格が生み出す当たりの強いパワーファイトを得意とする。試合運びとパフォーマンスの見せ方が器用で、ルードレスラーの持ち味を生かしつつえべっさんやトルトゥガーとお笑い試合を繰り広げることも出来た。
- ペディグリー
- ダブルアームの状態からリングと水平に相手をもちあげてジャンプし、そのまま下へ叩きつける変形のフェイスバスター。威力を増すために垂直にまでもちあげてから放つ高角度ペディグリーも多用した。
- チョークスラム
- 大型レスラーが得意とする、いわゆるノド輪落とし。自分の身長より高く振り上げての高角度式や、旋回式、少し走り込んでのダッシュチョークスラムと普通に使用するだけではなく変化もつけていた。フィニッシュに使うことが多く、ペディグリーと並び大王カルトのこだわりの技と言える。
- ゲレーロ・スペシャル
- 雪崩式のリバースブレーンバスター。危険度が高いため、相手の必死の抵抗にあい失敗することが多かった。
- バズーカうどん
- アルゼンチンバックブリーカーの状態から前方へと振って叩きつける変形のフェイスバスター。
- キン肉バスター
- 別名マテマティカバスター。股裂き状態に担ぎあげたまま長滞空させたりするなど少し変化をつけての使用もしていた。
- ロメロ・スペシャル
- 吊り天井に固めてダメージを与えた後、手を放し足のみで相手をもちあげ、放り投げるムーブへ繋ぐ。
- スーパーフライ
- 2004年秋頃から使用しだした技。フォームはやや無骨だがインパクトの際、鈍い衝撃音とともにマットを大きく揺らすため説得力がある。同年7月に岸和田愚連隊とCTU(邪道、外道、ライガー、竹村豪氏)が行った対抗戦においてフィニッシュを決めたのが外道のスーパーフライであった。カルトはこの試合にて技を学び取ったと思われる。
[編集] エピソード
- 喋りは苦手で、口数が少なかった。引退試合後のマイクの冒頭では「喋るのは上手くありませんが」と本人も前置きしていた。
- えべっさんとのシングル戦では、あらかじめ盗みだしておいたえべっさんの賽銭箱と笹を使って賽銭を集めながら入場した。
- ユタカとのシングルでは、あらかじめ奪っておいたユタカのアイドルガウンを着用、大王"アイドル"QUALLTに変身して入場。アイドルクラッチで勝利している。勝利後「面白かったよ」と語り自らアイドルガウンを手放したが、翌週には何故か富宅飛駈の手に渡っていた。
- ペディグリーとバズーカうどんは岸和田愚連隊の仲間であったスーパー・ドルフィン(岸和田愚連隊時代は「ゴア」)に伝授された。