外国産馬
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外国産馬(がいこくさんば)とは、中央競馬が定める競走馬の区分で、外国で生まれ、外国で出走する以前に日本の馬名登録を受けた馬である。出走表上では「マル外」(○の中に「外」)で表記される。ただし、種付けのため外国に一時的に輸出された牝馬が輸出される前に日本で種付けして受胎している場合で、外国で生まれた仔馬を当歳の12月31日までに輸入したときは内国産馬となる。また、種付けのため外国に輸出された牝馬が受胎して帰国して出産した場合や、外国産の牝馬が受胎した状態で日本に輸入され、日本で出産した場合も内国産馬(いわゆる持込馬)として扱われる。
外国馬(外国で生まれ、すでに外国で出走している外国競走馬、□の中に「外」)とは区別される。
日本の競馬界はかつては閉鎖的で、外国産馬の出走には厳しい制限が加えられていた。これは、特に北海道に多い国内産競走馬生産の保護・流通の観点があったためとされ、長らく日本の競走馬生産関係者からはマル外の出走に反対した傾向が強かったとされる。
その後徐々に制限は緩和されてきたが、現在でも出走が可能なレースはまだ限られている。番組表上で混合(○の中に「混」)とあるのが制限なく出走可能なレースである。
また、クラシック(秋華賞や、その前身である旧エリザベス女王杯(現在は古馬にも開放)は、英国競馬のクラシック競走に範を取った競走ではないため、クラシック競走には位置づけられていない。)や天皇賞はかつては一切外国産馬の出走を認めない競走であったが、海外からの市場開放圧力や、「強い馬同士の対決が見られない」とのファンの声に圧されて、段階的に、制限付きながら出走を認めている。また、天皇賞については2005年から国際競走になったため外国産馬の出走制限は撤廃されている。
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[編集] クラシック・天皇賞の外国産馬開放年度
[編集] 開放頭数
- 天皇賞 当初2頭→その後フルゲートに満たない場合に限り4頭まで出走可能に → 2004年度は出走頭数に関係なく春は4頭、秋は5頭まで出走可能 → 2005年以降は国際競走となり外国調教馬も5頭以内で出走可能となり、外国産馬の出走制限は撤廃。
- クラシックレースは各2頭ずつだが、2002年に皐月賞に門戸開放されると菊花賞は3頭までに拡大されるようになる。2005年度はそれらが4頭までに拡大される。2006年度は5頭に拡大され、2008年度には7頭となる予定である。
[編集] 出走条件
- JRAが指定したトライアル競走、またはステップレースにおける収得賞金順に出走馬を決定する。なお、2005年度から次のクラシックレースのトライアルレースの優先出走権は内国産馬と同じく3着入線まで与えられる。
- 桜花賞=フィリーズレビュー
- 皐月賞=スプリングステークス
- 優駿牝馬=フローラステークス
- 東京優駿=青葉賞
- 菊花賞=神戸新聞杯
[編集] 日本で活躍した外国産馬
- ヒシアマゾン
1993年阪神3歳牝馬ステークス、1994年エリザベス女王杯等 - グラスワンダー
1997年朝日杯3歳ステークス、1998年・1999年有馬記念・1999年宝塚記念等 - エルコンドルパサー
1998年NHKマイルカップ、1998年ジャパンカップ等 - アグネスデジタル
2000年マイルチャンピオンシップ、2001年天皇賞(秋)、2002年フェブラリーステークス、2003年安田記念等 - クロフネ
2001年NHKマイルカップ、2001年ジャパンカップダート等 - シンボリクリスエス
2002年・2003年天皇賞(秋)、2002・2003年有馬記念等
日本では長らく外国産馬のクラシック出走が認められなかった背景もあり、まだ外国産馬がクラシックを制するまでに至っていない。また天皇賞(秋)は外国産馬の出走が認められて以降、アグネスデジタルとシンボリクリスエスが制覇している。ただし天皇賞(春)の優勝馬はまだ出ていない。