ノート:一休宗純
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水島新司の「一球さん」は、一休宗純をモチーフにしていると言えるんですかね?
[編集] 「この道・・・」
「この道を行けばどうなるものか 危ぶむなかれ 危ぶめば道はなし 踏み出せばその一足が道となる 迷わず行けよ 行けばわかる」が一休宗純の作であるという、根拠となる資料はあるのでしょうか。本文中に「本当。猪木と縁のないNPO法人の設立趣意書やベテラン登山者のサイトなどでも引用されている。」という記述が、コメントアウトされておりましたが、上記のサイト等を根拠とするのは、いくらなんでも乱暴でしょう。一休宗純を扱った(信頼の置ける)書籍、可能なら『狂雲集』のような一次資料の提示が望まれます。Azu 2005年8月18日 (木) 14:03 (UTC)
- 特に反応も無いようなので削除しました。Azu 2005年9月1日 (木) 23:22 (UTC)
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- 2次資料になってしまいますが、アントニオ猪木詩集『馬鹿になれ』の後書きに、「一休宗純の言葉」として、「道」が引用されています。根拠とするには弱いですが、アントニオ猪木自身が「一休宗純の言葉」と主張している証拠として、一応。--Doripoke 2006年6月24日 (土) 11:28 (UTC)
Info-jaにスキャン画像PDFで情報が寄せられました。それによると清沢哲夫『無常断章』収録の「道」という詩のようです。検索したところ、碧南市の図書館に禁帯出で一冊あるだけでした。お近くの方、ご確認いただければ幸いです。--miya 2006年9月25日 (月) 00:38 (UTC)
石川県立図書館蔵の『無常断章』を確認しました。たしかに「道」という詩があり、猪木氏が一休の言葉として引用している詩と酷似していますが、微妙に違っています。清沢哲夫の「道」の初出は、「同帰」という雑誌で、昭和26年10月発行のものです。初出誌と『無常断章』には、本文異同はありません。