ホウネンエビ
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ホウネンエビ | ||||||||||||||||
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ホウネンエビ |
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分類 | ||||||||||||||||
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属・種 | ||||||||||||||||
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ホウネンエビというのは、水田に発生する小型の甲殻類である。タキンギョ・オバケエビなどとも呼ばれる。
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[編集] 特徴
ホウネンエビは、節足動物門甲殻綱ミジンコ亜綱(鰓脚亜綱)ホウネンエビ目(無甲目)に属する小型の動物である。日本では初夏の水田で仰向けに泳いでいるのがよく見かけられる。
体は細長く、弱々しい。全体に白っぽく透明感があるが、緑を帯びた個体、青みを帯びた個体も見られる。頭部からは、左右に一対の複眼が突き出している。第一触角は糸状に突き出す。第二触角は雌では小さく、雄では雌を把握するために発達する。その形はなかなかややこしいもので、言葉で説明するのは難しい。普段は象の鼻を丸めたようにして、雄の頭部に乗っているが、頭の大きさの半分程もあるので、雌雄の区別は一目で分かる。伸ばすと先が枝状に分かれている。
頭に続く体は、細長く、多数の鰓脚がつく胸部と、鰓脚のない腹部に分かれる。胸部は十対以上あって各節に一対の鰓脚がある。鰓脚はどれもほぼ同じくらいの長さがある。鰓脚の最後の部分に卵の入る保育のうがある。保育のうは細長く、腹部の腹面に沿ってぶら下がる。腹部は細長く、最後に一対の尾叉がある。尾叉は木の葉型で平たく、鮮やかな朱色をしている。
常に鰓脚を動かし、水中を泳いで生活している。基本的な姿勢は腹面を上に向けた、仰向けの姿勢である。水中の中ほどか、水面近くでその姿勢を保ってあまり動かないか、ゆっくりと移動するのがよく見られる。驚いた時には瞬間的に体を捻って、跳躍するように移動することがある。それが素早いことと、体色が紛れやすいことから、一見では瞬間移動でもしたかと感じてしまうほどである。
餌は鰓脚を動かして水流を作り、腹面の体軸沿いに口元へ水中の微粒子を運んでいる。
光に集まる性質があるので、夜に照明を当てると容易に捕獲できる。
[編集] 生活史
卵は乾燥に耐え、冬は泥の中で過ごす。水田に水が張られると、数日のうちに卵は孵化する。最初の幼生はノープリウスで、体長1mmたらず、やや赤みを帯びた白で、三対の付属肢をもつ。幼生は次第に体節を増やし、胸脚を増やし、細長く成長すると同時に、第二触覚は小さく目立たなくなって、成体の姿となる。
繁殖の時には、雄は雌の後方から追尾し、接近すると一気に把握器を伸ばす。把握器の先端は枝状に分かれている。雌を把握した雄は体を曲げて交接する。卵はすぐに孵化することはなく、水がなくなって次に水が入るまでを卵の状態で過ごす。
なお、秋にでも乾燥した水田の泥を水にいれれば、ホウネンエビをはじめ、ミジンコなども発生させることができる。
国外では、世界各地に生息する種がある。水田以外では、時折干上がるような浅い池や一時的な水たまりに生息する。中には数年に一度雨が降ると水たまりになる、というような場所で見られる種もある。最も有名な生息場所の一つは、オーストラリアにあるエアーズロックのてっぺんのくぼみの水たまりであろう。たいていは1cm程度だが、北アメリカに住むBranchinecta gigasは体長が10cmにも達する。この種は、明確な捕食性で、小型の無脊椎動物を捕食する。その点でも他のホウネンエビ類と大いに異なる。
[編集] 名称など
水田に多数発生し、その姿がおもしろいことから、古くからそれなりの注目を受けた。和名のホウネンエビは豊年海老の意味で、これがよく発生する年は豊年になるとの伝承に基づく。ホウネンウオ、ホウネンムシの名も伝えられる。ホウネンエビの名は、上野益三が本種を図鑑に収録する際に、ホウネンウオの名を元にして、魚ではないからと海老に変えたものらしい。地域によってはタキンギョ(田金魚)という呼び名もあるようである。尾が赤いのを金魚にたとえたことによるらしい。
近年では子供たちからオバケエビ(お化け海老)と呼ばれていることもある。これは、その姿からの連想と共に、子供向けの科学雑誌が、アルテミアの飼育セットを販売する際にこれを「オバケエビ」と呼んだことに基づくようである。
英名のFairy shrimpもこれに通ずるものがある。
実用的な価値はほぼ無きに等しいと言え、田の草取りに役立つ気配もなく、害虫駆除をしてくれる様子もない。しかし、稲に害を与えたり、噛み付いたりすることもない。江戸時代には観賞用に取引されたこともあったようではあるが、すくってきて水槽にいれても、寿命は短い。
ホウネンエビの学名は「Branchinella kugenumaensis (ISHIKAWA) 」といい、農科大学(帝大農学部の前身)の石川千代松博士が命名した。明治25年(1892年)7月から8月にかけて神奈川県高座郡鵠沼村(現藤沢市鵠沼地区}の海岸の砂地に、雨で一時的に出来た水溜まりで、同じ仲間のミスジヒメカイエビと一緒に発見され、『動物学雑誌』第7巻(1895年)に英文で報告されている。石川が記載した学名は最初「Branchipus Kugenumaensis」だったが、その後「Branchinella Kugenumaensis」と属名が変更された。属名の「Branchinella」は「鰓脚(さいきゃく)類の」という意味で、このホウネンエビが「鰓(えら)状の脚」をもっていることを示している。 なお、中国ではこの学名から「鵠沼枝額蟲」とも呼ばれている。
[編集] 分類
ホウネンエビ(Branchinella kugenumaensis (Ishikawa))はホウネンエビ目ホウネンエビ科に属する。この目には、他にアルテミアなども含まれる。日本にはホウネンエビが最も広く分布しており、他にCircephalopsis uchidai Kikuchiが北海道から知られている。海外では温暖な地域を中心に多くの種があり、地域によっても種分化が見られる。アメリカでは、分布域の狭い種などに絶滅を危惧されているものがある。