ブライアン・ネルソン
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ブライアン・ネルソン(Bryant Nelson , 1974年1月27日 - )は、アメリカ合衆国出身のプロ野球選手。日本では2003年に福岡ダイエーホークスに在籍した。ポジションは主に内野手(三塁手)。右投げ両打ち。
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[編集] 経歴
アメリカでは3A止まりでメジャー経験はなく、2003年にダイエー入団。内野は三塁を始め器用にこなせスイッチヒッターでもあり、ユーティリティープレイヤーとしてはそこそこ使えそうだが、打力に難がありあまり期待されていなかった。球団側もこの年「台湾プロ野球の本塁打王」という肩書付きで入団した陳文賓の保険としてぐらいしか考えてなかったようである。
しかし、4番の小久保裕紀がオープン戦でシーズン絶望の重傷を負うと(小久保はこの年のオフに読売ジャイアンツに移籍)、三塁が出来るネルソンに注目が集まり始める。小久保の代役としては日本人では本間満の名前が挙がったが、本間も打撃に難があった。一方、打撃が期待された陳はオープン戦で思うような成績が残せず、守備にも難があることから、ネルソンが開幕1軍の座を勝ち取った(その後、陳は5月の初めに一度1軍に上がっただけで、結局1軍では無安打のまま退団した)。
開幕当初は「8番・三塁手(あるいは右翼手)」でスタメン出場していたネルソンだが、やはり打撃の弱点が解消されず、4月上旬には一度2軍落ちとなった。再昇格後もなかなかヒットが出なかったが、5月14日に開幕戦以来の複数安打を放つと(エピソードも参照)次第に打撃の調子を上げ、5月下旬にはそれまで1本も打てなかった本塁打を5試合で3本打った。
しかし、7月7日に左鎖骨付近の痛みを訴えて再び2軍に落ちると再昇格はなく、9月10日に検査のため帰国。すでにフリオ・ズレータがスタメンの座を獲得していたこともあり、そのまま退団となった。
[編集] 日本での通算成績
- 54試合 167打数38安打 打率.228 本塁打3 打点17
[編集] 背番号
- 4(2003年)
[編集] エピソード
- 2003年5月14日の大阪近鉄バファローズ戦で、ダイエーは8点差を逆転してサヨナラ勝ちを収めたが(8点差の逆転は球団タイ記録)、その試合でサヨナラヒットを打ったのがネルソンである。
[編集] その他
- ダイエーは1999年のメルビン・ニエベスから2003年のネルソンまで、5年連続で両打ちの外国人野手(ニエベス、ブライアン・バンクス、トニー・ミッチェル、モーガン・バークハート、ネルソン)を獲得してきたが、ニエベスが2年在籍した以外は全員1年で解雇された。毎年のようにスイッチヒッターで失敗したことに懲りたのか、ダイエー(2005年以降ソフトバンク)はネルソンを最後に両打ちの外国人野手は獲得していない。