バシリカ
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バシリカ(basilica)は、建築の平面形式のひとつで、列柱により中央の身廊を2ないしはそれ以上の辺を側廊によって取り囲むものをいう。バジリカ式、長堂式ともいう。
語源はギリシア語のバシリケーに由来するが、その正確な意味については議論がある。ローマ建築において、バシリカは裁判所や取引所に用いられた集会施設、または機能そのものを指す言葉として使われていたが、やがて異教礼拝堂を嫌うキリスト教教会堂の建築形式として取り入れられた。
従って、バシリカという言葉は、ローマ建築で用いられる場合は公共建築の形式を、キリスト教礼拝堂において使用される場合は、その平面形式を指している。
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[編集] 歴史
[編集] ローマ建築のバシリカ
バシリカの語源がギリシア語であることから、この建築形態は古代ローマのなかでもギリシア語が話されていたイタリア半島南部、カンパーニア一帯で形成されたことは間違いない。これは裁判所や集会所などに使用され、列柱で囲まれた大ホールは前面を円柱によって解放されていた。しかし、上述のように、この当時のバシリカという言葉は機能を示すものであって形態を指す概念は薄く、多くが長方形平面で身廊と側廊、入り口に対応するアプスを備えていたとは言え、正方形や側廊を持たない平面形式のものもあった。
機能上、大人数を収容するのに適していたため、はじめフォルムに付随する公共建築として始まり、ついで宮殿にも転用された。今日残る最も古いバシリカ建築の遺構は紀元前2世紀のものである。首都ローマに残るフォルム・ロマヌムのバシリカも紀元前184年から紀元前170年の間に建設された。バシリカは、ローマにおける最も重要な公共建築となり、北方属州にあってはフォルムや神殿と完全に融合したバシリカ・フォルム・神殿複合体と呼ばれる公共空間を形成した。また、地方ではバシリカがローマ軍司令部の雛形になる場合もあった。
[編集] 初期キリスト教建築のバシリカ
4世紀になり、キリスト教が解禁されると、バシリカはキリスト教の礼拝用建築物として採用された。古代の教会には既存のバシリカを転用したものも知られている。当時のキリスト教徒がバシリカを採用した経緯については様々な議論があるが、
- ローマ・ギリシア神話の神々を祭る神殿を忌避したためローマ神殿が典礼空間の雛形にはなり得なかったこと
- 公共建築物たるバシリカであれば異教礼拝を思わせなかったこと
- 大量生産が可能であったこと
などが主な理由だったと考えられる(初期キリスト教建築におけるバシリカの導入については、ビザンティン建築の項も参照されたい)。
初期キリスト教に取り入れられたバシリカは、その平面形式を現す言葉となり、パターン化された。典型的なプランは、祭壇に向かって中央に大広間に相当する身廊(ネイブ)を取り、左右に張り出し部分である側廊(アイル)を設けたものである。身廊・側廊の間に続く列柱は、祭壇に向かって視線を集中させる効果もあった。もっとも、奥行きの深い建物では司祭は大声で説教を行わざるをえず、平均2〜3時間も語り続けることは大変だったと思われる。
[編集] 円蓋式バシリカ
キリスト教に取り入れられたバシリカは、経済的にも文化的にも高い水準にあった東方域で洗練され、いくつかの変形パターンを生み出した。ハギア・ソフィア大聖堂もそのひとつであるが、東ローマ帝国を発祥とするより一般的な形式として、円蓋式バシリカまたは小型ドーム・バシリカと呼ばれるものがある。
現在最もよく残っているこの形式の建築は、8世紀に建設されたテッサロニキのアギア・ソフィア聖堂であるが、円蓋式バシリカの平面形式は6世紀にまで遡り、561年から564年にかけて建設されたカスル・イブン・ワルダン複合建築群の教会堂が、現在確認できる最も古いものである。こ建築はすでに廃墟となっているが、身廊部分の列柱やアーチ上部のドラムとドームの取り合いを確認できるほどには残存している。意匠的にはコンスタンティノポリスの影響よりはシリアの地方様式が色濃く、当のデザインとしてはかなり斬新なものと言える。
ニカイア(現イズニク)のコイメシス教会堂は、すでに取り壊されてしまったためその正確な建設時期は不明だが、6世紀末に建設された可能性があり、これが事実であれば、異民族の侵入に耐えて残存していることになる。今世紀はじめの調査によれば、直径6mのドームを頂く円蓋式バシリカで、身廊と側廊部分は円柱ではなく長方形断面のピアで隔てられていた。
ミラのアギオス・ニコラオス聖堂は、コイメシス教会堂よりも大きな建築であるが、ほとんど同じ平面を持っている。こちらは現存しているが、9世紀、12世紀、19世紀にそれぞれ大規模な改修を受けているため、建設の正確な年代は不明である。
テッサロニキのアギア・ソフィアの円蓋式バシリカは、これらよりも年代が新しく、8世紀中期に考案された特殊な変形のひとつである。平面は、身廊と側廊を隔てるアーケードが後退し、ドームを支える巨大なピアが強調されているので、ギリシャ十字型に近い身廊をもつクロス・ドーム・バシリカと呼ばれる形式になっている。このため、この型の教会堂を内接十字型に移行する前段階と考えている研究者もいる(このような形態の漸進論については異論もある)。
この形式につらなる建築として、6世紀から7世紀にかけて建設されたアンカラのアギオス・クレメンス聖堂(現存せず)、コンスタンティノポリスのアカタレプトス聖堂がある。
西ヨーロッパでも、このバシリカとドームの融合型聖堂は建設されているが、ビザンティン建築の歴史的脈絡とは関係ない。これについてはルネサンス建築・バロック建築を参照されたい。
[編集] ミストラ型
ミストラ型バシリカはバシリカ平面と内接十字平面の混成型で、上層部分は内接十字平面を持っているが、下層はバシリカ平面となっている。ミストラにおいて最初に発見された形式なので、ミストラ型と呼ばれる。内接十字平面の3方向にギャラリーを追加する必要性によって生まれたものであり、バシリカの発展型というよりは、内接十字型の延長線上に位置する。
直接の起原は、740年に開始されたコンスタンティノポリスのアギア・イリニ聖堂の改修工事で、その後、10世紀頃に建設されたパロス島のアギオス・ニコラオス聖堂においても採用された。ミストラの教会建築群においては、10世紀初頭に建設されたブロントキン修道院の中央教会堂パナギア・オディギトリアが内接十字型平面を、ミトロポリス(府主教座教会堂)がバシリカ型平面をそれぞれミストラ型に改修している。15世紀のパンタナサ聖堂は最初からミストラ型として建設された。
[編集] 初期キリスト教建築におけるバシリカとその他のプランとの関係
初期キリスト教建築において、礼拝堂・洗礼堂などはバシリカのほか、円形・多角形など求心的な形式も採用された。バシリカ(つまり長堂式プラン)に対して集中式プランと呼ばれるものである。キリスト教建築の集中式プランの起原ははっきりしていないが、恐らく王宮謁見室などにその起原があるものと考えられている。両者は対立概念のもとに考案されたのではなく、円蓋式バシリカやミストラ型と呼ばれる融合プランもある。そのほかに広間式プランと呼ばれる身廊・側廊の区別がないものも存在しており、バシリカは初期キリスト教建築の唯一の出発点というわけではなく、あくまでひとつのベースにすぎないことがわかる。
教会堂に限ったものではないが、ラテン十字平面・ギリシャ十字平面という平面形式もある(ギリシャ十字は縦横が等しい十字形平面を持つ形式で、これに対してラテン十字は、一方向の張り出し部分が長いものをいう)。教会堂形式において、これらの形態が初期キリスト教建のバシリカから発展したのかということに関しては議論があり、単純にバシリカに腕が生えて十字プランになったというような形態の漸進論にはあまり実証性がない。一般的には身廊と側廊が分離しているものがバシリカとされるが、通俗的には長堂式平面であればバシリカと呼ばれる場合もある。
中世以前の西ヨーロッパにおけるバシリカの発展について確実に言えることはない。中世以後のバシリカについてはロマネスク建築において考察されるべき問題である。ただし、西ヨーロッパで発達するバシリカは、平面的に類似性が認められるだけで、その空間の捉え方は根本的に異なる。
[編集] カトリックの5大バシリカ
カトリックが主流を占める現在では、ローマにある5つのバシリカ型大聖堂が有名である。カトリックでは、それぞれの教会が古代の5大管区に相当しており、全体で教会の世界的な一致を表すものとされる
- サン・ジョバンニ・イン・ラテラノ大聖堂 ローマ教皇
- サン・ピエトロ大聖堂 コンスタンティノポリス総主教
- サンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂 アンティオキア総主教
- サン・パオロ・フオーリ・レ・ムーラ大聖堂アレクサンドリア総主教
- サン・ロレンツォ・フオーリ・レ・ムーラ大聖堂 エルサレム総主教
これらは聖門と呼ばれる門をもち、聖年が布告されるとその間開放される。しかし、これはあくまでカトリックの伝統であり、プロテスタントや東方正教会の概念ではない。ただし、初期キリスト教会ではほとんど全ての教会堂がバシリカ型だったので、流派を問わずキリスト教ではバシリカ式教会堂自体を神聖視する向きもある。
[編集] 参考文献
- ニコラス・ペヴスナー他著 鈴木博之監訳『世界建築辞典』(鹿島出版会)
- シリル・マンゴー著 飯田喜四郎訳『図説世界建築史 ビザンティン建築』(本の友社)
- ハンス・エリッヒ・クーバッハ著 飯田喜四郎訳『図説世界建築史 ロマネスク建築』(本の友社)
- ルイ・グロテッキ著 前川道郎・黒岩俊介訳『図説世界建築史 ゴシック建築』(本の友社)
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