アスタルト
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アスタルト ([‘aθtart]‘θtrt, ヘブライ語 עשתורת) は、カナン地域を中心に崇められたセム系の豊穣多産の女神。崇拝地はビュブロス(Byblos、現在のレバノン)などが知られる。中東地方の太女神の最古の部類に入る女神。
メソポタミア神話のイナンナ、イシュタル、ギリシア神話のアプロディテなどと起源を同じくする女神と考えられ、また周辺地域のさまざまな女神と習合している。
ウガリット神話ではバアルの御名 (šm ba‘al)とも呼ばれ、アナトと共にバアルと密接不可分な陪神とされる。 或いはアナトと同一神とする説もある。また、最高神イルの妻、或いはバアルの妻とする説もある。
パレスティナなどでは、イナンナなどの持つ軍神的性格は後退し、もっぱら豊穣・繁殖の神として崇められた。この地域で出土するふくよかな体型の女神像の少なくとも一部はアスタルトであると考えられる。
一方エジプト神話に取り入れられた際には軍神としての性格を残している。 古代エジプト語ではアースティルティト (‘θtirtit)と呼ばれ、戦車に乗り、盾と槍などで武装し、二枚の羽で飾った上エジプト冠(白くてとがった形の冠)を被った女戦士の姿で表される。
系譜としてはプタハの娘で、特にプタハの聖地メンフィスで崇められた。また、アナトと共に(バアルと習合した)セトの妻とされる。 また軍馬の守護神とされる。これはエジプトにもともと馬に乗ったり馬の牽く戦車を使う習慣がなかった為で、彼女が外国由来の神であることを示す。
その信仰は第18王朝頃から始まったと考えられている。この頃に記された神話『アスタルテ・パピルス』によると、彼女はエジプトの神々に再三貢ぎ物を要求する海神ヤム・ナハルと交渉したという。 アスタルトはこれによってヤムの好意を得るものの、今度はヤムは彼女自身を引き渡す様にプタハに要求する。 結局神々は彼女の代わりに更に多くの貢ぎ物を捧げる事になったという。 つまりこの神話ではバアルではなくヤムが天と地の支配者となっている。
また、古代ギリシア、古代ローマでもアスタルテ (アスタルテー Αστάρτη, Astártē)と呼ばれて崇拝され、アプロディテやユノと同一視された。
旧約聖書には主要な異教の神としてヘブライ語形 アシュテレト、アシュトレト、あるいはアシュタロトの名でしばしば登場する。 本来のヘブライ語名はアシュテレトであるが、「恥」を意味するヘブライ語ボシェトの母音を読み込んでアシュトレトとも呼ばれる。また、その複数形アシュタロトは異教の女神を指す普通名詞として用いられた。また旧約聖書には地名としても出てくる(申命記 1章4節他)。 後にキリスト教において悪魔のアスタロトとされた。