謡曲
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- 能の詞章、戯曲。
- 能の詞章に特殊な節をつけてうたう芸能。謡。(本項で説明)
謡曲(ようきょく)は能の詞章に独特の節をつけてうたう芸能である。謡(うたい)とも称する。
能は本来舞・謡・囃子の三要素から成立っている。謡(謡曲)は登場人物の台詞と地謡とよばれるコーラス部分を含めた、能において言語で表現される部分の総称であるが、能の場合にはこれに特殊な台詞回しや節が付加されており、これを独立した芸能として鑑賞することが充分に可能であるために、室町末期ごろから主に素人の習事、娯楽として謡曲が盛んに行われた。謡曲だけを独立して演奏することを素謡(すうたい)とも称する。
安土桃山時代から寛永期になると武士、町人が能を愛好し、謡曲は空前の流行を見るようになった。嵯峨本と呼ばれる豪華な謡本が発行され(俵屋宗達画、本阿弥光悦筆)、実際の能としては上演されない素謡専用の能が新作されるほどであり、この風潮は町人に能楽が禁じられた江戸時代中期以降になってもまったく衰えることはなかった。愛好家たちは謡曲の師匠について稽古し、謡会で謡うことを楽しみ(町人でも謡は大目に見られた)、能役者の側も積極的に謡曲の師匠としての活動を行うようになる。江戸中期ごろまで、地謡がワキ方の所管であったために、当初各地の謡曲師匠はワキ方の役者であることが多かったが、徐々にこれがシテ方に移行し、謡本の発行も各流家元の認可によるものが発行されるようになった。
明治以降も謡曲人口の盛衰はあるにしろ、基本的にこうした状況は変っておらず、今なお謡曲における素人弟子は能役者の重要な収入源となっている。
[編集] 流儀
現在、謡曲の流儀として謡本を発行しているのは以下の六流である(シテ方五流、ワキ方一流)。
- シテ方
- ワキ方
- 下掛宝生流
[編集] 謡本
謡曲の稽古の際に用いる詞章、節付を記した本を謡本という。通常アイの台詞やアイとワキとのやりとりは省略されており、ト書に相当するものもなく、完全な上演台本とはいえないが、能の舞台進行を知る上では非常に役に立つ。
謡本の発行権は江戸期以降各流儀の家元に帰属するのがたてまえになっているが、観世流のような大流では、家元以外の有力な職分家の認可によるものも発行されており、過去訴訟問題が起こったこともある(能楽書林の項参照)。
能楽師の芸の伝習は口伝によるため謡本を必要としないが、能の大成時代(室町時代)にも謡本があり世阿弥の自筆本も現存する。これは秘伝書として扱われたらしく、芸の伝授の許可証と見られている(武道の虎の巻のようなもの)。
謡は、詞は七五調の韻文を基本とし、これを八拍子を基本とするリズムに合わせる(小鼓・大鼓が主導)。拍子は、テンポにより、大ノリ、中ノリ、平ノリにわけられる。大ノリはゆったりとすすみ優雅な舞にあわせられる。中ノリはこきみよく進行し合戦の場面で使われることが多い。平ノリは七五調の詞を調子よくすすめる拍子である。《翁》の拍子(小鼓が3丁つく)、《道成寺》の乱拍子、《花月》の小歌という部分は当時の歌謡そのままらしく、これらは変わった拍子を聞かせる。