葛西政信
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葛西 政信(かさい まさのぶ)は、奥州葛西氏の第13代当主。
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時代 | 室町時代後期 | |||
生誕 | 永享5年(1433年) | |||
死没 | 永正3年5月1日(1506年5月23日) | |||
別名 | 信勝(別名) | |||
官位 | 従五位下、壱岐守。左京大夫 | |||
氏族 | 葛西氏 | |||
父母 | 父:葛西持信 | |||
子 | 葛西晴重ほか |
永享5年(1433年)、第10代当主・葛西持信の子として生まれる。文明15年(1483年)に第12代当主・葛西尚信が死去したため、家督を継いで当主となる。しかしこの家督相続は、政信が尚信を毒殺して家督を奪い取ったものともされている。さらに第13代当主は葛西宗清であり、政信は正式な当主ではないともされている。
このような経緯から、葛西宗清と当主の座をめぐってたびたび争ったという。永正3年(1506年)5月1日に死去。享年74。後を三男の晴重が継いだ。