臼
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臼(うす)とは、小麦などの穀物や他の植物質、鉱物などを粉末にする木製、或いは石製の道具である。碾き臼と搗き臼の2種類があり、碾き臼は大きくサドルカーンとロータリーカーンに大別される。
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[編集] 碾き臼
碾き臼は、主に石製で、二つの石などを磨り合せて粉砕を行うものを指す。
二枚の円板を重ねて、片方を回転させるロータリーカーンと、石板の上で石塊を往復させるサドルカーンに大別される。
[編集] サドルカーン
[編集] ロータリーカーン
西南アジアで小麦の栽培が普及し、小麦を粉にするために発明された。
当初は人力で為され、次に牛馬の力を利用し、そして中央アジアで川の流れを利用する水車で石臼を回す水臼が開発された。水臼は、人類が手にした最初の自然の力を動力として使った機械と言える。カール・マルクスは『資本論』の中で、「全ての機械の基本形は、ローマ帝国が水車において伝えた。」「機械の発達史は、小麦製粉工場の歴史によって追求できる」と、述べている。
[編集] 碾
碾(てん、「碾子」とも)は、中国で発達した碾き臼の一種で、輪石(ローラー)を回転させて精米や製粉を行った臼である。中国では、粉食の習慣発生が意外と遅く、しかも稲米や豆類で稀に行われる程度であった(小麦の伝来は前漢、その普及は唐とされている)。このため、古くは磨と呼ばれる今のすりばちのようなものであった。このため、磨から改良されたと見られる碾の記録も後漢末期が最古のものである。やがて、磨や碾に改良が加えられて、水力を用いた水碾(すいてん、後述)や小麦の製粉に優れた磑(がい)、稲の籾揉み用の礱(ろう、磨の間に竹の歯を挟み込んで籾を砕いて中身だけを最下層に落とした)が生まれた。
[編集] 搗き臼
[編集] 碓
碓(たい、からうす、ふみうす)は、中国で発達した搗き臼の一種で、梃子の原理などを利用して杵を動かして精米や製粉を行った機械仕掛けの臼である。一般的には杵の先端部分を足で踏んで杵を動かした。
また、後漢時代には河川などの水を利用して精米を行う水臼と同じ原理の水碓(すいたい)と呼ばれる大型の碓も利用された。水碓は大量の穀物を精製できるために、権力者の中には水碓を用いて自分の土地の穀物のみならず他人の穀物の精製も受け持って(あるいは水碓そのものを貸し出して)利益を得るものもいて、一種の財産となった。西晋の時代に河内太守となった劉頌が同郡には公主(同郡は晋皇室(司馬氏)の故郷で皇族の封地が多い)が勝手に水碓を設けて水路を切り開くために一般農民の灌漑の妨害になっていると皇帝に訴えてこれらを全て壊したという(『晋書』)。だが、後に碾き臼である水碾(碾を参照)の要素を加えて製粉も可能とした碾磑(てんがい)が登場するようになるとその害はますます激しくなった。中国歴代王朝にとって、こうした水碓・水碾・碾磑の利便性・財産的価値と一般住民の生活・農業用水の確保の相反する目的をいかに調和させるかが、洪水防止と並ぶ治水政策の最大の課題となったのである。