織田一磨
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
織田一磨(おだ かずま、1882年11月11日 - 1956年3月18日)は明治期から昭和期の芸術家。織田信徳の4男。
明治15年(1882)11月11日東京にて誕生。洋画を川村清雄、石版画を金子政次郎に学ぶ。「自画石版の織田一磨」として知られる。主な作品は東京国立近代美術館などに収められている。
明治27年(1894)頃、父信徳らと大阪に転居する。その後、広島石版印刷所や大阪市役所図案調製所に勤務する。明治36年東京に戻るものの、明治44年大阪帝国新聞社入社のために再び大阪に転居する。同社退社後、東京に戻る。昭和6年(1931)吉祥寺に住まいを構える。昭和20年富山県福野町に疎開し、昭和24年まで同県で暮らす。
明治40年の第一回文展、明治42年の第二回文展などに作品を出品する。大正7年に連作「東京風景」を完成させる。また、大正7年(1918年)に日本創作版画協会、昭和5年に洋風版画協会を設立する。昭和31年(1956)3月18日死去。