玉若酢命神社
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玉若酢命神社 | |
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所在地 | 島根県隠岐郡隠岐の島町下西701 |
位置 | -- |
主祭神 | 玉若酢命 |
社格等 | 式内社(小)・隠岐国総社・県社 |
創建 | -- |
本殿の様式 | -- |
例祭 | 6月5日 |
主な神事 | -- |
玉若酢命神社(たまわかすみことじんじゃ)は島根県隠岐郡隠岐の島町下西にある神社である。式内社で、旧社格は県社。古くは若酢大明神、総社明神と称した。
玉若酢命を主祭神とし、大己貴命・須佐之男命・稲田姫命・事代主命・須世理姫命を配祀する。社伝では、景行天皇が皇子を各国に分置し、隠岐国に遣わされた大酢別命の御子が玉若酢命であると伝える。この島の開拓にかかわる神と考えられ、当社の宮司を代々勤める神主家の億岐家が古代の国造を称し、玉若酢命の末裔とされる。
創建の年代は不詳である。延喜式神名帳では小社に列する。
隠岐諸島島後の旧西郷町の西郊、甲尾山麓の甲野原に鎮座する。甲野原は「国府の原」の転化であり、古代から隠岐の中心地であった。国府の近くにあった当社は隠岐国総社とされた。なお、隠岐国一宮は同じ隠岐の島町の北部の旧五個村郡(こおり)に鎮座する水若酢神社であるが、実質的には当社の方が格は上であった。明治5年に県社に列した。
社家に伝わる駅鈴2個と隠伎倉印1個は国の重要文化財に指定されている。
毎年6月5日に行われる例祭では神馬入れや流鏑馬の行事が行われる。また境内には八百杉(やおすぎ)と呼ばれる杉の巨木があり、樹齢千年とも二千年ともいわれる。
[編集] 外部リンク
- 玉若酢命神社(玄松子)