桑田兼吉
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桑田 兼吉(くわた かねよし、1939年9月23日 - )は、ヤクザ、指定暴力団・五代目山口組若頭補佐、四代目山健組総裁(三代目組長)、二代目健竜会会長。
1982年、組長・山本健一の死去に伴い健竜会会長・渡辺芳則が二代目山健組組長に就任した際に健竜会2代目を継承。 1989年、渡辺が五代目山口組組長に就任すると山健組3代目を継承して山口組直参に昇格し、翌1990年7月、山口組若頭補佐に就任した。
1990年5月に三代目共政会理事長・沖本 勲と兄弟盃を交わし、1996年2月、これを桑田と、四代目共政会会長に就任した沖本、四代目会津小鉄若頭・図越利次(後の五代目会津小鉄会会長)の3兄弟盃に発展させて、山口組の外交を担った。
2005年8月、六代目山口組の発足を受け、跡目を養子の若頭・井上邦雄(四代目健竜会会長)に譲り、自身は総裁に就任。 現在、ボディガードの拳銃所持に対する共謀共同正犯を問われ服役中。なお前述の事件は従来の銃刀法の共謀の解釈を最高裁が変更したものとして注目を集めた。
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