大島郡 (山口県)
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大島郡(おおしまぐん)は瀬戸内海西部の周防大島にある山口県の郡。人口22,070人、面積138.06 km²。(2003年)
以下の1町を含む。
- 周防大島町(すおうおおしまちょう)
[編集] 沿革
- 天平10年 周防国正税帳に初出
- 慶安4年 毛利氏は大島郡のおもな区域(遠崎村を含む)を大島宰判とし、勘場を久賀に置いた。神代村・大畠村は岩国藩領、長島・八島・祝島・佐合島・馬島・牛島は上関宰判
- 明治6年 郡を廃止し区制を施行、大島郡のおもな区域は第一大区となり、10小区が置かれた(山口県内は21区)
- 第一小区(伊保田村・油宇村・和田村・内ノ入村・小泊村)
- 第二小区(和佐村・神浦村・森村・浮島・平野村)
- 第三小区(西方村・地家室村・沖家室島・外入村)
- 第四小区(東安下庄・西安下庄・平郡島)
- 第五小区(油良村・土居村・日前村)
- 第六小区(東久賀村・西久賀村)
- 第七小区(椋野村・東三蒲村・西三蒲村)
- 第八小区(東屋代村・西屋代村)
- 第九小区(秋村・出井村・戸田村・横見村・日見村)
- 第十小区(志佐村・小松村・笠佐島)
- 神代村・大畠村・遠崎村は第四大区第一小区、長島・八島・祝島は第五大区第三小区、佐合島は同第四小区、馬島・牛島は同第八小区
- 明治11年7月 郡区町村制編制法により大島郡が復活(山口県内12郡)
- 明治11年11月 神代村・大畠村・遠崎村を玖珂郡に、長島・八島・祝島・佐合島・馬島・牛島を熊毛郡に編入
- 明治22年4月1日 村制施行により12村が成立
- 油宇村、伊保田村が合併し油田村として村制施行
- 和田村、内入村、小泊村が合併して和田村として村制施行
- 森村、平野村、神浦村、和佐村が合併して森野村として村制施行
- 地家室村、沖家室村、西方村、外入村が合併して家室西方村として村制施行、家室西方村は昭和16年11月3日に改称して白木村となった
- 東安下庄村、西安下庄村が合併して安下庄村として村制施行、安下庄村は大正4年11月1日に町制施行して安下庄町となった
- 日前村、油良村、土居村、浮島が合併して日良居村として村制施行
- 平郡島が単独で平郡村として村制施行
- 久賀村が単独で久賀村として村制施行、久賀村は明治37年1月1日に町制施行して久賀町となった
- 東三蒲村、西三蒲村、椋野村が合併して蒲野村として村制施行
- 東屋代村、西屋代村が合併して屋代村として村制施行
- 小松村、小松開作村、志佐村、笠佐島が合併して小松志佐村として村制施行、小松志佐村は大正5年6月1日に町制施行改称して小松町となった
- 戸田村、秋村、出井村、横見村、日見村が合併して沖浦村として村制施行
- 昭和27年9月15日 合併により3町8村に再編された
- 小松町と屋代村合併して大島町となった
- 昭和29年5月1日 合併により3町7村に再編された
- 平郡村が柳井市に編入された
- 昭和30年1月15日 合併により3町5村に再編された
- 大島町、蒲野村、沖浦村が合併して大島町となった
- 昭和30年4月1日 合併により4町1村に再編された
- 油田村、和田村、森野村、白木村が合併して東和町となった
- 昭和30年4月10日 合併により4町に再編された
- 安下庄町、日良居村が合併して橘町となった
- 昭和31年4月5日 大島町大字椋野を久賀町に編入した
- 昭和31年4月10日 大島町大字秋の一部を橘町に編入した
- 平成16年10月1日 合併により1町に再編された
- 久賀町、大島町、東和町、橘町が合併して周防大島町となった