ワンダーフォーゲル
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ワンダーフォーゲル(独:Wandervogel)は、戦前期ドイツにおいてカール・フィッシャーらがはじめた青少年による野外活動である。またそれを元にする野外活動を率先して行おうとする運動。1896年にベルリン校外のスティーグリッツのギムナジウムの学生だったカール・フィッシャーがはじめた。
その思想の一部を受け、日本でも(主に)大学のクラブ・サークル活動の一環として野外活動を主とする部が発展した。これらの活動もワンダーフォーゲルと呼び、ワンゲルと略したりする。ただし、日本のワンダーフォーゲル部にある、山岳部の亜流(第2山岳部)もしくはかなりのハードなトレーニングをする山岳部という意味は、ドイツのワンダーフォーゲル運動にはなかった。
目次 |
[編集] ドイツのワンダーフォーゲル
[編集] 歴史的端緒
はじめ、フィッシャーらは男の子ばかり郊外の野原にでかけてギターを弾き、歌を歌った。そのうち、グループの緑の旗が出来たり、男の子は半ズボンに、ニッカーボッカーのようなスタイルになり、女の子も参加するようになる。
Wandervogelは直訳すれば「渡り鳥」の意味である。1901年運動のメンバーの一人、ヴォルフ・マイネンが、運動の中心が歌を歌うことだったので、ワンダーフォーゲルと名づけた。鳥、つまりさえずるという意であると同時に、社会の固定された規範から自由でありたいという願いが込められている。
[編集] 運動の消滅とナチズム
1910年代にはドイツ全土に広がるが、時は第一次世界大戦に入り、ワンダーフォーゲルは、戦争忌避的な個人主義、個人の享楽主義のようにとられ、好ましくないとの批判が出てくるようになり、関連の団体、グループ13団体が、ホーエン・マイスナーに集合し、「自由ドイツ青年」という団体を結成する。戦争の進展と共に運動の一部は右傾化し、のちヒットラー青年団に吸収されて、その姿を消す。
[編集] 日本のワンダーフォーゲル
[編集] 歴史
日本には第二次世界大戦前のドイツとの国家的友好関係とその影響の元に、1933年(昭和8年)文部省内に「奨健会ワンダーフォーゲル部」が設けられ、国による健全な青少年運動として宣伝と普及が開始された。それらに触発され1935年(昭和10年)に立教大学ワンダーフォーゲル部発足されたのが日本での最初の学生団体である。その後、戦争をまたいで高度経済成長と登山大衆化を背景として各地の大学に広く設立されるに至る。
[編集] 活動内容
日本の大学のワンダーフォーゲル部の活動は、集団で徒歩を基本に行うことを除き戦前のドイツの活動のあり方といくぶん異なっている。
一般にテントや調理道具を持参し山小屋での宿泊を避け、出来得る限り自立的なパーティ(多くは十人以内、男女混成もしくはその別は場合による)を組み、縦走登山形式の合宿を主要な活動に据える場合が多い。またはそういった活動形態を伝統的に一つのあるべき姿とする傾向があるが、その活動実態・活動フィールドは各大学各団体ごとにまちまちである。
あくまで一例として、比較的近場の山岳地での春~初夏にかけての繰り返して行われる新人練成合宿(1~3泊程度)といったものから始まり、夏休みの時期の夏山縦走、つまり日本アルプスや北海道の山などの国内では比較的大規模な山岳地・山脈でのだいたい1~2週間に及ぶテント連泊形式の縦走登山を行う夏合宿(冬山合宿が無ければ1年で最も主要な活動)を経て、秋の中規模(2~5泊前後)な合宿(次代のリーダーを養成を兼ねている場合が多い)へと至り、冬の降雪期はスキーなどを行い、春休みには無(もしくは少)雪地での中規模な合宿を行う。また、各合宿時以外は合宿に向けてのトレーニングや準備・企画といった活動が精力的に行われる。以上のような活動が典型的である。
しかし、伝統的に冬山登山や、里山ワンダーフォゲル(里ワン)・島ワンダーフォゲル(島ワン)と称される活動も行う団体もある。さらに近年の野外活動やスポーツ・レクリエーションの多様化にともないそれらの活動実体は非常に多岐にわたる。それはいわゆる体育会に所属してる部であるか否かやサークルかといった大学内での存立形態の多様さおいても如実に現れている。
[編集] ワンダーフォーゲル部と山岳部
その活動内容において山岳部との差異を求めることは一般に困難である。むしろ歴史的・思想的背景においてその違いを求めるのが妥当である。また必ずしもその違いを示す必要はないとも考えられる。しかし活動の類似性において山岳部(時に探検部その他のアウトドア系団体)と混同されることを避ける為、あえてその活動内容から背景思想において違いを求めると次の様に解されなくもない。
つまり山岳部がザイルワークといった登攀技術(冬山でのそれも含む)を要しより困難なルート開拓といった課題のある先鋭的な登山に意義求める傾向が強いのに対し、ワンダーフォーゲルはもし目的地が決まっているならば登攀などは行わないで済むより安全なコース(自ずと既存のコースとなる)を利用し、より安全な登山の完遂に意義を求めようとする傾向が強い。その際リーダーらは計画段階から多くの議論を重ねて最善のコースを間違いなく導こうと注力する。山岳部が自ら選ぶ行為から困難を引き出し、ある部分でリスクを犠牲にしてでもその目的を達せようとする、スリルのともなった冒険的行為を楽しもうとするに対し、ワンダーフォーゲルは登山(野外活動)を行う上で生じる避けれない困難を確実にクリアしていくことを楽しもうとする。この考え方は登山行為である以上の排せない日常生活とは別種のリスクを最小限にコントロールしうる利点がある反面、その活動が硬直化・形骸化しやすいデメリットも抱えている。しかし先に述べた通りクライミングや沢登り、トレッキングといった各種の登山様式の多様化にともないその活動実態は一様ではなく、一概にワンダーフォーゲル部と称するだけで山岳部や各種のアウトドアサークルとの差異を求められない場合も多い。極端には同一学内で山岳部が並存するにも関わらず、山岳部をはるか凌ぐより先鋭的な登山(海外での活動を含む)を行うワンダーフォゲル部も見受けられる。
ところで登山合宿にともなう野営を単なるキャンプと称するに抵抗感を持つ向きも多い。これはテントなどによる野営は時に手段としてビバークも辞さないとするなどあくまで登山行為遂行の為の手段であってそれ以上の目的はないと考えられ、その点においていわゆるキャンプとは大きく趣を殊にすると考えられるからである。このようなストイックさ、また一部においては体育会所属であることを誇りとする傾向、などにおいて多くの山岳部などと共通する点も多い。また、単に野外・自然の中での活動を謳歌しようとするワンダーフォゲル運動の原点から素直に導かれる思想と体育会的気質(思想)はある部分では相容れない。そのため一定のルールのもと他者と競う一般的なスポーツ競技とは異なる点を重視してとらえ、逆に体育会系であることをよしとしない考え方も一方には存在する。
ただし繰り返すがこのような傾向はけして全てのワンダーフォーゲル(部)に当てはまるものではない点に留意すべきである。
[編集] 連帯と交流
各地方に学生ワンダーフォーゲル連盟といった組織が存在するものの、その組織率は低く一部にとどまっているほか全国組織は現在存在しない。しかし、連盟組織によらない各大学各団体間の交流は単なる合同飲み会レベルからインカレ(インターカレッジ)と称されたりする合同キャンプ合宿に至るまで様々に行われている。
[編集] 高校・高専のワンダーフォーゲル
高校や高専の部活動の一つとしてのワンダーフォーゲル部も存在し、インターハイなどではいわゆる”競技ワンゲル”と呼ばれる縦走登山の様々な技術を競う独特なスポーツ競技もある。このような競技は大学レベルには存在しない。
[編集] 関連項目
- 部活動・クラブ活動・サークル活動
- 山
- 登山
- アウトドア
- ハイキング、トレッキング、トレールラン、オリエンテーリング
- ロッククライミング、フリークライミング、沢登り、アイスクライミング
- 山スキー
- 山小屋、キャンプ
- アルピニズム
- エルンスト・ユンガー
- 登山靴、バックパッキング、カニ族
- ボーイスカウト
- アウトワード・バウンド