マービン・ハグラー
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マービン・ハグラー(Marvin Hagler、1954年5月23日 - ) サウスポーファイタータイプのプロボクサー(右構えにスイッチすることも多かった)。1980年から1987年まで統一世界ミドル級王者として君臨。アメリカ、ニュージャージー州ニューアーク生まれ、マサチューセッツ州出身。
彫像のように鍛え抜かれた体に加え、完璧なテクニック、タフネス、ハングリー精神までも兼ね備えた名選手。「マーベラス」と呼ばれ、その実力はミドル級史上屈指とも言われる。レナード、ハーンズ、デュランと共に「黄金の中量級」時代を盛り上げた。
1973年5月のプロデビューから順調に白星を重ねるが、あまりの強さに王者が対戦を嫌がり無冠の帝王として君臨していた。ようやく掴んだ世界初挑戦は引き分け。しかし、10ヵ月後の再挑戦(1980年9月・アラン・ミンター イギリス)でようやくタイトルを獲得した(3回TKO)。プロデビューから7年、54戦目での事だった。
王者となってからも無類の強さを発揮。最強の挑戦者を相手に12連続防衛達成(内11KO)。中でも、トーマス・ハーンズやジョン・ムガビとの死闘は名勝負として語り継がれている。 磐石な強さを誇ったが、13度目の防衛戦でレナードに敗れ、そのまま引退した。
戦績:67戦62勝52KO3敗2分。 第15代WBC世界ミドル級王者 WBA世界ミドル級王者 初代IBF世界ミドル級王者
[編集] 略歴
- 1954年 生誕。
- 1973年 アマAAU大会で優勝。同年プロ転向。
- 1979年 ビト・アンツォフェルモの世界タイトルに挑むも引き分け。
- 1980年 アラン・ミンターを3RTKOで下し、統一世界ミドル級タイトル獲得。
- 1987年 13度目の防衛戦でシュガー・レイ・レナードと対戦するも2-1の僅差判定負け。引退。
- 引退後は俳優としても活躍中。
[編集] エピソード
- マネージャーやトレーナーを自由に変えるアメリカのボクサーにしては珍しくデビュー前からペトロネーリ兄弟とのコンビを組み続けた。
- ハーンズとのタイトルマッチは「THE FIGHT」レナードとのタイトルマッチは「THE SUPER FIGHT」と銘打たれた。