フリータウン
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フリータウン(Freetown)は西アフリカのシエラレオネ共和国にある同国最大の都市で、首都。人口は2004年時点で107万人。同国南西部のフリータウン半島に位置し、西に大西洋を臨む港湾都市。イギリスの解放奴隷が建設した欧米型の都市で、かつて西アフリカの経済や文化の中心地だった。
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[編集] 歴史
1787年にイギリスや北アメリカ(カナダのノヴァスコシア州)やジャマイカなどの奴隷制度から解放され自由になった黒人たちの移住地としてフリータウンは建設された。
[編集] 経済
シエラレオネから輸出されるダイヤモンド、チタンなどの豊富な鉱産資源は、その大半がフリータウン港から輸出されるなど、海運業が盛ん。産業は軽工業が中心で、食品加工が主だが、ダイヤモンド加工も行なわれる。ただし最近終了した内戦の影響で市街は壊滅的な打撃を受け、また国連により、反政府勢力支配地域から産出されるダイヤモンドの禁輸措置がとられたことで、海運業も行き詰まりを見せた。現在は禁輸措置は解除されたが、都市の復興と貧困対策が課題となっている。
[編集] その他
市内の見所は樹齢500年フリータウンのシンボルであるコットン・ツリーと呼ばれる木がある。この地に辿り着いた解放奴隷たちがこの木の下で休んでいたと言われている。コットン・ツリーからすぐ東には皆殺し作戦と呼ばれた戦乱の傷跡を残す裁判所があり、さらに近くには植民地時代の建物ステート・ハウスがある。コットン・ツリーの西にある国立博物館があり、小さな博物館だがシエラレオネに関する資料や格部族の仮面や伝統工芸が展示してある。ジャマイカ系の解放奴隷が立てたマーロン教会はフリータウン最古の教会であり、他の教会や聖堂やモスクも市内で見かける。ビクトリア・パーク市場、イースト・ストリート市場、キングジミー市場などはフリータウンの主な市場である。市内の南にあるレイチェスター・ヒルと言う丘がありフリータウンを一望出来、クリオ・ハウスと言う木造建造物がある。この建造物はイギリスやジャマイカなどからこの地に来た解放奴隷たちが住んでいた歴史のある古い家である。
市内にあるシエラレオネ大学のフォーラー・ベイ・カレッジは、1827年に教会宣教師協会によって、主に神学の教育の為に設立された。イギリスのダラム大学とは1876年以来、姉妹校となっている。西アフリカ英語系の最等教育機関で最古の大学であるこの大学は別名西アフリカのアテネとも言われている。