トッド・ラングレン
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トッド・ラングレン(Todd Rundgren, 1948年6月22日 - )は、アメリカのペンシルヴァニア州アッパー・ダービーに生まれたミュージシャン。一般的にはロックンロール、ソウルなどのジャンルに属するアーティストとされるが、ジャンルにとらわれない幅広い音楽活動を行い、非常に多くの作品を発表している(ただ、主に70年代の楽曲においてはビートルズからの大きな影響が指摘される)。
美しく切ないメロディを作り出すメロディメーカーとしてだけでなく、XTCやバッドフィンガー、グランド・ファンク・レイルロード、ジェシ・ウィンチェスターやザ・バンド、さらにはホール&オーツなど数々の有名バンド・アーティストのプロデュースを行ったプロデューサーとしても、さらには1970年代という早い段階から、自分ですべての楽器を演奏しヴォーカルをとる自宅録音を行うなど、マルチ・プレイヤーとしても知られている。 1980年代には高野寛、レピッシュなど、日本のアーティストのプロデュースも手がけたこともある。現在はハワイに在住し、今なお精力的に音楽活動を続けている。
古くからマッキントッシュの熱狂的ファンであり、アップル・コンピュータのコマーシャル映像やイベントなどに登場したこともある。
目次 |
[編集] ディスコグラフィ(ソロ作品のみ)
[編集] アルバム
[]内は邦題
- Runt [ラント] (1970年)
- Runt - The Ballad Of Todd Rundgren [ラント:ザ・バラッド・オブ・トッド・ラングレン](1971年)
- Something/Anything? [サムシング/エニシング?(ハロー・イッツ・ミー)] (1972年)
- A Wizard A True Star [魔法使いは真実のスター] (1973年)
- Todd [未来から来たトッド](1974年)
- Initiation [未来神](1975年)
- Faithful [誓いの明日](1976年)
- Hermit of Mink Hollow [ミンク・ホロウの世捨て人](1978年)
- Back To The Bars [バック・トゥ・ザ・バース(未来への回帰・ライブ)](1978年)
- Healing [ヒーリング(トッドの音楽療法)](1981年)
- The Ever Popular Tortured Artist Effect [トッドのモダン・ポップ黄金狂時代](1983年)
- A Cappella [ア・カペラ](1985年)
- Nearly Human (1989年)
- ジャケット写真は海外盤は6本指だが、日本盤では5本指となっている。
- Second Wind (1991年)
- No World Order (1992年)
- the Individualist (1995年)
- Up Against It (1997年)
- With a Twist (1997年)
- One Long Year (2000年)
- LIARS (2004年)
[編集] ベスト版
- Free Soul - The Classic of Todd Rundgren (1998)
- Go ahead.Ignore me - The Best of Todd Rundgren (1999)
[編集] 代表曲
- I saw the light (1972)
- Hello,It's me (1973)
- A Dream Goes On Forever(1974)
- Can we still be friends(1978)
[編集] ヒストリー
- 1948年 ペンシルヴァニア州アッパー・ダービーに生まれる。
- 1967年 ローカル・バンド、ウッディーズ・トラックストップ(Woody's Truckstop)を脱退
- 1967年 ナッズ (Nazz) を結成する。
- 1968年 デビュー・シングルに続き、ファースト・アルバム""Nazz""リリース
- 1970年 ナッズが解散する。ボブ・ディランのマネージャー、アルバート・グロスマンに見いだされ、ベアズヴィルのエンジニアとして働く。アルバムRunt でソロ・デビューする。
- 1972年 初の2枚組である"Something/Anything?"発売。シングルカットされた"I Saw The Light"がヒット。ニューヨークに自身のためのスタジオを新築する。
- 1973年 "Something/Anything?"からのシングルカット曲 "Hello, It's Me"がヒットしビルボードチャートで5位となる。
- 1973年 プロデュースを手がけたグランド・ファンクのアルバム""アメリカン・バンド""が全米2位の大ヒット、同名のシングルは全米1位に。
- 1974年 6人編成のバンド、Utopia(ユートピア)を結成する。この後の数年間はUtopia としてのライヴ活動を積極的に行なう。
- 1976年 4人編成となったユートピアを率い初来日
- 1980年 自宅に強盗が入る被害を受ける。犯人の1人は"I Saw The Light"を口ずさんでいたという
- 1983年 ベアズヴィル・レコードを離れる。
- 1988年 ソロとして初来日、MIDIを駆使した文字通りの「ワンマン・コンサート」を行う。
- 1997年 新曲の発表をインターネットを通して行なう。
- 2005年 再結成を拒否したリック・オケイセックの代役としてエリオット・イーストン、グレッグ・ホークスらと"NEW CARS"を結成。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
- TR-i公式サイト(英語)
- The Todd Rundgren Connection