ウィリアム2世 (イングランド王)
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ウィリアム2世(William II、1060年? - 1100年8月2日)は、ノルマン朝イングランドの第2代国王(在位:1087年 - 1100年)。フランス名ギヨーム2世(Guillaume II)。ウィリアム1世とフランドル伯ボードゥアン5世の娘マティルダの三男。その鬚が赤毛であったことから赤顔王(ルーファス、Rufus)と呼ばれる(顔が赤かったからと言う説もある)。
父ウィリアム1世の信頼が厚かった高僧ランフランク(1070年にカンタベリー大司教に就任)の教育を受けて育ったルーファスは、1087年、ウィリアム1世がノルマンディーで危篤状態に陥ると、イングランド王位を狙っていた兄ロベールに先んじて、父の死を見届けることもなく9月26日、ウェストミンスター寺院で戴冠した。
さらにスコットランド王マルカム3世が北部イングランドに侵攻するとこれを破って臣従させ、兄ロベール派の貴族を抑えてイングランド王の地位を確立した。
父ほどの器量を持ち合わせていなかったルーファスは、即位2年後、後見役ランフランクが亡くなると放蕩・乱脈の限りを尽くすようになった。また、ランフランク死後13年たって任命したカンタベリー大司教のイタリア人アンセルムの解任をめぐって、教会領を没収しローマ教皇ウルバヌス2世と対立した。
1100年、ニューフォレストで狩猟中に部下の放った矢が当たり、ルーファスはあっけなく死去した。