朝来郡
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朝来郡(あさごぐん)は、兵庫県にあった郡。人口35,762人、面積402.98 km²。(2005年3月31日)
和名抄では山口、桑市、伊田、賀都、枚田、東河、朝来、粟鹿、磯部の九郷をあげる。延喜式神名帳では、大座1、小座8をあげている。なお、播磨国風土記では、生野は神前郡に含んでいると考えられる。
1878年(明治11年)11月18日の郡区町村編制法施行以降では、町村合併により、1889年(明治22年)4月1日に神西郡から真弓村、森垣村、1956年(昭和31年)9月30日に養父郡から南但町、1957年(昭和32年)4月1日に神崎郡大河内町から川尻・栃原地区を編入し、1959年(昭和34年)4月1日に和田山町から堀端地区を養父郡養父町へ分離し、郡境が変更されている。
2005年(平成17年)3月31日の時点で以下の町を含んだ。
2005年4月1日、生野町、和田山町、山東町、朝来町の4町が合併し朝来市となり、すべての町がなくなった朝来郡は廃止となった。
[編集] 郡内自治体変遷
- 1889年(明治22)4月1日、市制町村制により1町8村に再編
- 1926年(大正15)4月1日、梁瀬村が町制施行
- 1927年(昭和2)1月1日、竹田村が町制施行
- 1930年(昭和5)4月10日、枚田村が町制施行(和田山町)
- 1954年(昭和29)3月31日、梁瀬町、粟鹿村、与布土村が合体(山東町)
- 1954年(昭和29)3月31日、山口村、中川村が合体(朝来町)
- 1955年(昭和30)3月31日、和田山町、東河村が合体(和田山町)
- 1956年(昭和31)9月30日、和田山町、竹田町、養父郡南但町が合体(和田山町)
- 1957年(昭和32)4月1日、神崎郡大河内町川尻、栃原地区が生野町に編入
- 1959年(昭和34)4月1日、和田山町堀端地区の一部が分町し養父郡養父町に編入
- 2005年(平成17)4月1日、生野町、和田山町、山東町、朝来町が合体し市制施行(朝来市)
- 2005年(平成17)4月1日、朝来郡が消滅