シャーロキアン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア（Wikipedia）』

文学

ポータル

作家

シャーロキアン (Sherlockian) とは、アーサー・コナン・ドイルが書いたシャーロック・ホームズシリーズの主人公シャーロック・ホームズの熱狂的なファンを指す。イギリスではホームジアン (Holmesian) 、アメリカや日本ではシャーロキアンと呼ばれる。

[編集] 特徴

ホームズを実在の人物と見なし、シャーロック・ホームズシリーズを正典 (Canon) または聖典と呼んで、各種の研究を行っている。これは、キリスト教における聖書研究を意識的にパロディ化した行動様式である。これに限らず、シャーロキアンの使う用語には宗教関係の用語をもじって使ったものがよく見受けられる。シャーロック・ホームズシリーズの多くは、ホームズの相棒であるジョン・H・ワトスン医学博士が執筆したという設定で書かれているが、シャーロキアンはワトスンを実際の執筆者とみなす。本来の執筆者であるドイルはワトスンの出版エージェントもしくは、ゴーストライターとして位置づけられている。

シャーロキアンは事情を良く知らない部外者に対し、自分たちがシャーロック・ホームズを実在の人物であると本当に信じ込んでいるかのように装ってからかう傾向がある。

[編集] 研究ごっこ

シャーロキアンの研究テーマは多岐にわたる。ワトスンが書いた著作では事件関係者のプライバシーやスキャンダル性を考慮して、日付や地名、人物名を仮名に変更している、もしくはホームズが何らかの理由で事件の真相を伏せてワトスンに偽の真相を教えたと考え、事件の真相を探り出そうとするものが多い。これは通常の文学研究で行われる登場人物のモデル探しとは異なり、空想の世界と現実の世界を意図的に混同した研究ごっこである。

また、ドイルがいい加減に書き飛ばしたために発生した矛盾（『唇のねじれた男』で、ワトスン夫人がなぜか夫を「ジェームス」と呼んだなど）を合理的に解釈するための試みも行われている。さまざまなテーマがあるが、どのテーマにも「如何に斬新な新解釈を打ち出すか」と「如何に自説が正しいと巧みにこじつけるか」という二つの要素が求められる。まじめ一辺倒の研究は敬遠される傾向があり、発想の柔軟さと屁理屈とユーモアが求められる一種の知的パズルである。決して実際の文学研究と同一視してはならない。あくまでそのスタイルを借りて遊んでいるだけである。

また、そのような研究を潔しとせず、全てが書かれた通りに起きたとするシャーロキアンもいる。この一派はファンダメンタリストを自称する場合があるが、これには宗教的意味は全くない。

このようなシャーロキアンの活発な研究成果によって、ホームズは架空の人物でありながら、伝記が何冊も出版される異例の地位を得ている。

[編集] 団体

シャーロキアンの組織は世界中にあるが、1934年にアメリカニューヨークで設立されたベーカー・ストリート・イレギュラーズがもっとも古い。イギリスのロンドンには、シャーロック・ホームズ協会があり、イギリスのクラブの伝統に則って女性は入会できない。日本には日本シャーロック・ホームズ・クラブがある。

[編集] シャーロキアンの研究テーマ

ホームズの性別: ホームズが女性であったと主張する研究。
ホームズの収入: ホームズがどれだけの収入を得ていた、収入がどう推移したかを推測する研究。
バスカヴィル家の特定: 『バスカヴィル家の犬』に登場するバスカヴィルホールという屋敷がダートムア地方にあるどの屋敷かを特定する。
大空白時代: ホームズが『最後の事件』でライヘンバッハの滝にジェームズ・モリアーティ教授と共に落ちて死亡したと思われてから『空き家の冒険』で帰還するまで、どこで何をしていたかを研究する。
バリツ: ホームズがライヘンバッハで使った日本の格闘技バリツの正体と使用した技を推測する研究。通説の柔道のほかに、相撲などがある。
年代学: 物語の中に書かれた天候や事件の前後の出来事についての記述から、各事件のおきた正確な年代と日付を特定する。ウィリアム・ベアリング＝グールドは、独自の調査に基づいて60の事件の年代を特定し、事件の発生順に再配置したホームズ全集を編集している（日本では、筑摩書房から訳本が出版されている）。
時速53マイル半: 『白銀号事件』でホームズが自分の乗っていた列車の速度を述べたことに対して、ホームズが使用した計算方法を推測する研究。
ワトスンのミドルネーム: ワトスンのミドルネームは頭文字の「H」しか記述されていないので、それがどのようなミドルネームかを推測する。
ワトスンの結婚: 物語にワトスンが妻を亡くしたと解釈できる箇所と、結婚の時期が一致しない箇所があるため、ワトスンが複数回結婚したと考え、その回数と結婚相手を特定する研究。
小惑星の力学: モリアーティ教授が書いたとされる論文「小惑星の力学」の内容を推測する研究。原子核反応やカオス力学、小惑星帯の起源、数学のアステロイド曲線などさまざまな解釈がある。
鉄道: 物語中で登場人物が乗った列車と路線、乗降駅、乗換駅を特定する研究。
書かざれざる事件: 物語中で事件名だけが言及されている事件について、どのような事件かを推測する研究。パスティーシュの創作を含む。
ヴィクトリア朝一般: 物語を良く理解する上で、当時の階級社会や文化、風俗、政治、経済、技術など背景事情を全般的に知るための研究。シャーロキアンの金融アナリストが本職の専門知識を生かして当時の金融政策を論じるなど、専門的な研究が多い。