Privacy Policy Cookie Policy Terms and Conditions 計量経済学 - Wikipedia

計量経済学

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

計量経済学(けいりょうけいざいがく、Econometrics)とは、経済学の理論に基づいて経済モデルを作成し、統計学の方法によってその実証分析を行う学問である。

目次

[編集] 古典的計量経済学

[編集] 系列

分析の対象となる経済系列は、次の3種類に大別される。

交差系列(Cross section Data) 
同一時点での様々なData。例えば、ある時点で47都道府県の人口、人口密度、男女比などを調べたもの。
時系列(Time series Data) 
同一種類のDataを様々な時点で取ったもの。例えば、ある都道府県の人口を時間を追って調べたもの。
交差時系列(Panel Data) 
交差系列(Cross section Data)で時系列(Time series Data)である系列。訳語では語感が悪いためパネルデータと呼ぶことが多い。例えば、47都道府県の人口を時間を追って調べたもの。

[編集] 最小二乗法

実証分析は、多くの場合回帰分析を通じて行われる。回帰式の推定方法には様々なものがあり、最も基本的なものがOLS(Ordinary Least Squares)、最小二乗法である。被説明変数 Yi を説明変数 Xi で表す回帰方程式、

Yi = bXi + a + ui

を設定して、被説明変数の測定値と(説明変数の測定値および回帰式を用いて求めた)被説明変数の推定値の差(これを残差と呼ぶ)の二乗和を最小にする係数を求める。

実績値 Yi および推定値 \hat Y_i=\hat{b}X_{i}+\hat{a} との残差 U=Y_{i}-\hat Y_i の二乗和

\Sigma\ U^2_{i}=\Sigma\ (Y_{i}-\hat Y_{i})^2
=\Sigma\ (Y_{i}-\hat{b}X_{i}-a)^2
=\Sigma\ (Y^2_{i}+(\hat{b}X_i)^2+\hat{a}^2-2(bY_{i}X_{i}+\hat{a}Y_{i}-a\hat{b}X_{i}))

が最小になるように \hat{b}\hat{a} で一次微分する。

\begin{cases} \Sigma\ X_{i}(Y_{i}-\hat{b}X_{i}-a)=0\\  \Sigma\ (Y_{i}-\hat{b}X_{i}-a)=0\end{cases}

\begin{cases} \Sigma\ X_{i}Y_{i}=\hat{b}\Sigma\ X_{i}^2+\hat{a}\Sigma\ X_{i}=0 \\ \Sigma\ Y_{i}=\hat{b}\Sigma\ X_{i}-n\hat{a}=0\end{cases}

すると正規方程式

\begin{cases} \Sigma\ X_{i}Y_{i}=\hat{b}\Sigma\ X_{i}^2+\hat{a}\Sigma\ X_{i}=0\\ \bar{Y}=\hat{a}+\hat{b}\bar{X}\end{cases}

が得られる。

\Sigma\ X_{i}Y_{i}=\hat{b}\Sigma\ X_{i}^2+(\bar{Y}-\hat{b}\bar{X})\Sigma\ X_{i}=0

\hat b =\frac{\Sigma\ X_{i}Y_{i}-\bar{Y}\Sigma\ X_{i}}{\Sigma\ X_{i}^2-\bar{X}\Sigma\ X_{i}}
\hat a =\bar{Y}-\hat{b}\bar{X}

最後に得られるのが最小二乗推定量 \hat b\hat a である。

誤差項についての標準的仮定

  1. 不偏性
  2. 系列無相関
  3. 分散均一性
  4. 説明変数との無相関
  5. 正規性

のうち、1-4を満たすとき、ガウス=マルコフの定理が成立する(5は不要であることに注意せよ)。

ガウス=マルコフの定理とは、最小二乗推定量は最小分散を持つ一般的線形不偏推定量、 BLUE(Best Linear Unbiased Estimator)すなわち最良線形不偏推定量であり、 最良線形不偏推定量は一致性を満たすということである。この定理により標準的仮定の下では最小二乗推定量が最も望ましい推定方法になる。

また、多次式、指数、対数、ロジスティック方程式は、 変数を一次に変形した回帰方程式で表わせる。

単係数の有意性

最後に、単回帰分析によって得られた最小二乗推定量の棄却可否は、 最小二乗推定量が定数項と説明変数の数の和を自由度とするt分布に従うことから、t検定によって検定される。Null Hypothesis、すなわち帰無仮説で係数を0とするt valueが高いほど有意である確率、つまりモデルが棄却される確率であるP値が低くなる。

統計的仮説検定の論理を厳密に辿るなれば、この検定では係数が0か否かを検定しているに過ぎず、たとえ帰無仮説を採択できなくなったとしても、それが係数が3であるとか、マイナス4であることを支持しているわけではない。対立仮説の設定いかんにより、片側検定・両側検定の違いはあっても、検定していることは0かどうかだけである。

したがって、もし係数が3であることが正しいか否かを検定するためには、非心t分布を導出し、この分布を用いて検定しなくてはならない。非心とは中心(すなわち期待値)が0でないことを意味する。非心分布は自由度のほかに非心度(または非心パラメーター)によって規定される分布である。

[編集] 多重回帰

説明変数を二つ以上にする場合を多重回帰または重回帰という。

複数係数の有意性

多重回帰分析によって得られた複数の最小二乗推定量、 すなわち係数の複数線形制約の棄却可否は、 F分布上におけるF統計量の値によって可否を定めるF検定によって検定される。

多重重回帰分析では多重共線性の問題が生じる。 多重共線性に加えて過少定式化や過剰定式化の誤りを正すために、 自由度修正済み決定係数が用いられる。

[編集] 標準的仮定に関する問題

誤差項が標準的仮定を満たさず、系列相関や不均一分散、説明変数との相関などが生ずる可能性がある。こういった場合、パラメーターを推定するにあたって何らかの処方箋を講じる必要がでてくる。これは統計量の性質と不可分な関係にある。

  • 不偏性

これは上述の1と4とを満たしていれば、パラメーターは不偏性を満たすことになる。言い換えれば、誤差項が系列相関を持っていたり、分散が均一でない場合でも、不偏性を満たすことが可能であることを示している。

  • 系列相関

系列相関を図る指標としてDurbin-Watson統計量があり、 統計量が2の近傍から離れるかどうかで系列相関を判定する。 非説明変数の過去の値が説明変数に入っている場合、Durbin's hが用いられる。系列相関を解決する方法として、誤差項が一階の自己回帰に従わせてCochran-Orcutt法がある。ほかには最尤法が用いられる。

  • 不均一分散

不均一分散を図る指標としてWhite TestやBP Test(Breush Pagan)が用いられる。 不均一分散を解決する方法として、WLS(White's Least Squares)や GLS(Generalized Least Squares)すなわち一般化最小二乗法がある。

  • 説明変数との相関

説明変数との相関を解決する方法として、操作変数法がある。これは誤差項とは相関が低く、説明変数とは相関が高い変数を説明変数に加えることにより、誤差項との相関を低下させようとする方法である。簡単な演算により、この方法は二段階最小自乗法と同じであることが確認される。このことより、同時方程式における二段階最小自乗法は、誤差項との相関を無くす方法であるために、同時方程式バイアスの問題を解消する働きがあることがわかる。

  • 正規性

厳密には、誤差項が正規分布にしたがっていない場合、t検定を用いることは理論的に不可能である。ここで理論的と書いたのは、大標本においては中心極限定理によりt検定を用いることが保証されるからである(ただし、分散が存在しない場合は正規分布に分布収束しない)。

正規性の検定には、古くからコルモゴロフ・スミルノフ検定が用いられており、これは現在でも改めてその有用性が評価されている。他にはJarque and Beraによる検定統計量もある。いずれもχ2分布にしたがう統計量である。

[編集] 原系列に関する問題

  • ダミー変数

原系列に問題が出た場合の対処方法の一つにダミー変数(Dummy variable)を用いる方法がある。 ダミー変数には大きく分けて以下4通りある。

異常値ダミー 
異常値については、異常値ダミーを用いる。
季節ダミー 
季節変化については、季節ダミーを用いる。例えば四半期毎のダミーを入れる場合がある。
構造変化 
構造変化についても、ダミーを用いる。構造変化はChow Testで検定する。
グループ分け 
グループ分けについても、ダミーを用いる。グループ分けの例として男女間で分けるなどがある。
  • 切断された原系列

切断されたデータにはトービットモデルを当てはめる。トービットモデルの項参照。

[編集] 定式化に関する問題

定式化に関しては、さまざまな検定方法が提唱されている。なかでもHausuman 検定は有名である。

[編集] 入れ子型仮説と非入れ子型仮説 

入れ子型とは、次のような式を指していう。

Yi = β1 + β2X2t + εt
Yi = β1 + β2X2t + β3X3t + εt

もし下の式においてβ3 = 0であれば、両方の式は同一になる。このように、一方の式が他方の式の特殊形として表される場合、入れ子型という。この場合、β3 = 0t検定することによって、いずれの定式化が正しいかを判断することができる。

しかしながら、以下のような場合は通常のt検定を用いることはできない。

Yi = β1 + β2X2t + ε1t
Yi = γ1 + γ2Z2t + ε2t

この場合、互いに特殊形となっていない。これを非入れ子型という。非入れ子型の検定方法としては、古くはCox(1961)による分布族の比較による検定が提唱され、後にPesaran(1974)によって回帰分析への応用が可能となった。しかし、いずれも計算方法が煩雑であるという問題点があった。

そこでDavidson and MacKinnon(1981)がJ検定と呼ばれる検定統計量を開発し、現在では広く一般的に用いられている。これは通常のt検定を用いることが可能であるが、検定力が低いという欠点を持っている点は注意に値する。

[編集] その他の推定方法など

[編集] ロジットモデル(Logit model)

2値系列を階級別に、階級が高くなるほど一定の漸近線に近づいていく累積密度曲線(logit curve)を推定したモデルである。例えば年収に対する車所有割合といった二値系列をこのモデルで推計するため、アンケート分析に用いられることが多い。

[編集] プロビットモデル(Probit model)

[編集] トービットモデル(Tobit model)

系列が切断されている場合に、切断された系列を復元して求めた回帰モデルである。


[編集] 一般化モーメント法(General Methods of Moment)

[編集] 最尤法

後述するベイジアン計量経済学でも簡単に触れるように、最尤法(さいゆうほう)は基本的にベイジアンの手法の一つとして考えるのが適当である。ここでは哲学的論争は避けることとし、以下に最尤法の基本的な考え方を説明する。

通常の古典的計量経済分析においては、パラメーターは未知の固定された値であり、データが確率変数であると解釈する。すなわち、我々が手にするデータは背後にある(観測できない)母集団から確率を伴って発生された数値である、と解釈する(厳密には確率変数とは実数値関数であるが、ここでは説明の便宜上このように記しておく)。

たとえば最小自乗法では、残差平方和を計算し、それを未知パラメーターで偏微分して推定量を求める。ここでは、あくまでもデータが確率変数であることに注意しておこう。一方、最尤法ではデータは固定された値であり、未知パラメーターが確率変数であると解釈する(したがって、根本的にはベイジアンと同義である)。

このように解釈する背後には、次のような考え方が存在しているとされる。われわれが観測できたデータは、母集団にある(とされる)データ発生メカニズムから最大の確率を伴って発生されたものである。尤度とは確率の言い換えに過ぎないとすれば、その尤度が最大の状態で未知パラメーターを求めることができれば、それが最尤推定量になる。

実際の計算方法としては、まず尤度関数を導出する。簡単化のために関数の対数をとり、対数尤度関数を導く(対数関数は単調増加関数であるので、尤度関数の最大化と対数尤度関数のそれとは同値である)。ここでは簡単に単純回帰を例に説明しよう。

まず以下の式を考える:

Yt = α + βXt + εt

ここで古典的計量分析では YtXt は本来、確率変数であるが、最尤法ではこれらを定数とみなす。したがって、この式では εt のみが確率変数である。そこで、この式を εt の式と読み替えるために、以下のように書き換える:

εt = Yt − α − βXt

ここで εt が正規分布にしたがっていると仮定すれば、変数変換を用いることにより右辺も正規分布の確率密度関数の中に組み込むことができる。密度関数は確率を与える関数であるので、それを最大にするようなパラメーター αβ とが最尤推定量となる。

しかしこの方法は結果としてベイズの定理を適用したものと同義になる。すなわち、事前分布に一様分布を仮定し、尤度は正規分布、そして事後分布のモードを計算していることと同じになっている。したがって、最尤法はベイジアンの特殊形態として認識する方が論理的にも正しいであろう。

[編集] 同時・連立方程式体系

複数の回帰式によって表される同時方程式モデル連立方程式モデルがある。複数の構造型モデルを一般化したのが誘導型モデルである。これは経済モデルである構造型の多項式の中の内生変数を外生変数でといた物である。つまり、内生変数を外生変数のみで表したものである。期間内の推定を内挿、期間外の推定を外挿と呼ぶ。 モデルが発散せずに収束するかファイナルテストを行なってモデルを完成させる。識別制約、すなわち同時方程式バイアスが発生する場合がある。モデル式の中の内生変数がモデル全体での外生変数の数から1を引いた自由度と等しいとき丁度識別されるという。少ないときは過剰識別、多いときは過少識別されるという。

マクロ計量モデル 
同時方程式モデルと連立方程式モデルを多数組み合わせてマクロ経済変数のパラメーターを変えることによって政策の効果を計るのがマクロ計量モデルである。実務的なマクロモデルの推定では識別制約は無視される場合が多い。
一般均衡モデル 
レオンチェフ体系の他に、ワルラスの一般均衡を精緻化したミクロ的基礎を持つラムゼイモデルなどの推計モデルをケインズ的基礎をおくマクロ計量モデルと対比させて一般均衡モデルと呼ぶ。

[編集] 時系列計量経済学

[編集] 定常系列と非定常系列

時系列分析では単時系列と復時(パネル)系列を用いる。系列には定常データと非定常データがある。 系列が単位根や共和分を持つかどうかが問題となる。

[編集] 単位根と共和分

1960年代まで、古典的計量分析において時系列データを用いた回帰分析では、データそのものに対する考察はほとんどなく、そのまま最小自乗法などが適用されていた。主にマクロ計量分析では、高い決定係数を示す分析結果が多く、それは結果の妥当性を示すものと認識されていた。

これに対し1970年代に入ると、ノーベル経済学賞のGrangerがランダム・ウォークにしたがう変数どうしを回帰させた場合、高い決定係数を示すものの、同時に低いDurbin-Watson統計量を示すことをモンテカルロ分析から明らかにした。この画期的な論文を発表する前は、計量経済学者および統計学者からはあまり評判がよくなかったが、彼らも実際に分析したところ、同様の結果を得たことから次第にデータそのものに対する考察が進められてきた。

1970年代から急速に研究が進み、1980年代に入るとP.C.B.Phillipsが金字塔とも言えるべき論文をEconometricaに掲載する。同じ号の次の論文が、Grangerがノーベル賞を取る理由の一つとなった共和分に関する論文であった。これらの論文により、単位根および共和分の検定が普及することとなる。

[編集] 単位根検定

先にランダム・ウォークどうしの変数を回帰した場合の話をしたが、単位根検定とは基本的に変数がランダム・ウォークであるか否かを検定する方法である。

ランダム・ウォークとは次のように定式化される確率変数列のことをいう:

yt = yt − 1 + εt

この式は次式において、パラメーターを1にしたものと同様である:

yt = βyt − 1 + εt

したがって、この式においてβ = 1の仮説検定をおこなえばよいことになる。

しかしながらこの式で検定統計量を導出すると、それは通常のt分布にしたがわないことが分かっている。


[編集] 共和分検定

共和分とは簡単にいえば、ランダム・ウォークにしたがう変数どうしの線形結合が定常過程にしたがうことをいう。通常の経済変数はそのほとんどがI(1)変数であるので、このように言ってしまって構わないであろう。しかし、理論的には次のように定義される。

  • I(d)変数どうしを線形結合することにより、I(d-b) (ただしd > b > 0)となるとき、これらの変数は共和分しているという。

[編集] 一変量スペクトル解析

AR 
自己回帰モデル
MA 
移動平均モデル
ARMA 
移動平均自己回帰モデル
ARIMA 
移動平均自己回帰モデル
ECT 
誤差修正自己回帰モデル
ARCH 
分散自己回帰モデル
GARCH 
一般化分散自己回帰モデル
確率的ボラティリティ変動モデル 
Malkov Swiching Model 
その他 
最近では数理統計からウィーナープロセスを導入する動きもある。
分析指標 
カルマンフィルタが分析出力ツールとして使われる。

[編集] 多変量スペクトル解析

VAR 
これらの検定によって共和分を持つとき複数変数が互いの複数変数間の多重自己回帰モデルをVAR(Vector Auto Regressive)モデルと呼ぶ。
VEC 
VARを修正したものにVEC(Vector Error Collection)モデルがある。
分析指標 
分析出力としては、マクロ経済変数間の因果性をインパルス反応関数によって分析した論文が多数出されている。他には分散分解分析も用いられる。

[編集] ベイジアン計量経済学

ベイジアンが古典的計量経済学および時系列分析と一線を画するのは、確率を主観的に扱う点にある。ベイジアン計量経済学では例外なくベイズの定理が用いられる。ベイズの定理は条件付確率の定義より直接導かれるものである。

データを y, 関心のあるパラメーターを θ とおく。ベイジアンではデータを固定した値、パラメーターを確率変数と解釈するので、データを所与としたパラメーター推定を行うことになる。これは古典的計量経済分析における最尤法と基本的には同じ考え方である。

[編集] ベイズの定理

パラメーターは以下のようにして求められる。まず条件付確率の定義より

P(\theta | y)=\frac{P(\theta, y)}{P(y)}

を得る。右辺の分子に再度、条件付確率の定義を適用して

P(\theta | y)=\frac{P(\theta) P(y | \theta )}{P(y)}

ここで右辺の分母は所与のデータの確率を表しているので、定数と見なして差し支えない。したがってベイズの定理として以下の式を得ることができる。

P(\theta | y) \propto P(\theta) P(y | \theta) \propto P(\theta) l(y | \theta)

ここで\proptoは比例関係を表している。

最後の式は次のように解釈する。左辺はデータが与えられたもとでのパラメーターの従う確率、すなわち事後確率を表しており、右辺はデータが与えられる前の事前確率にパラメーターに関する尤度をかけたものに比例している。つまり何も情報が与えられていない事前確率に尤度をかけることによって、事後確率を得るという情報のアップデートを、このベイズの定理は表していることになる。

[編集] 事前確率(分布)と尤度、および事後分布

ベイジアン計量経済学では、上述のベイズの定理を用いるだけでよい。問題はいかなる事前分布を用いればよいかという点にある。尤度は古典的計量分析における尤度関数と同じであるので、事後分布を導出するためには適切な事前分布を想定しなくてはならない。

事前分布には以下の二つが考えられている。

  • 自然共役事前分布(natural conjugate prior)
  • 無情報事前分布(non-informative prior)

[編集] 自然共役事前分布

共役とは、共役複素数という言葉からも分かるように、基本的に同じ構造を持ち合わせていることを意味する。ベイズの定理における共役とは、事前確率と事後確率とが同じような分布にしたがうことをいう。

統計学においては分布族(distribution family)という概念がある。数理的構造が同じである場合、同じ分布族にしたがうという。例として指数型分布族があげられる。

先のベイズの定理において、尤度と事前確率とがともに正規分布にしたがっている場合、事後確率も正規分布にしたがうことが簡単にわかる(分布の再生性による)。ほかにも事前分布が逆ガンマ分布に、尤度が正規分布にしたがっている場合も、事後分布は逆ガンマ分布にしたがうことが導出される。

分析の容易性という観点からは、自然共役事前確率を用いることが望ましい。しかしながらいつでも(都合のよい)事前確率を想定することはできない。この場合、次の無条件事前分布を用いることになる。

[編集] 無情報事前分布

自然共役事前分布とちがい、こちらは事前分布にまつわる情報が何もない、いわば白旗を揚げている状態をさす。こういう場合には、たとえばパラメーターの事前分布としてパラメーター空間において全ての値が均一の確率を有していると仮定するのが自然であろう。したがって、無条件事前分布の候補の一つとして一様分布があげられる。

また、ジェフリーズによる無条件事前分布というものがある。これはフィッシャーの情報行列の平方根を事前分布として用いるものである。

ところで、一様分布を事前分布に用いる場合、結果として古典的計量分析における最尤法と同じ結果を得ることができる。古典的計量分析における最尤法をベイジアンで解釈すれば、事前分布に一様分布を仮定し、事後分布のモード(最頻値)を求めていることと同じになる。

本稿の筆者の見解では、最尤法はベイズ統計の範疇に入れるべきものであって、古典的計量分析の範疇に入れるべきではない。古典的計量分析における最尤法における尤度関数は、データを固定してパラメーターを確率変数としているが、これはまさにベイズの定理における事後確率そのものである(この言い方は正確ではないので注意)。

[編集] パラメーターの推定および検定

古典的計量分析においては、パラメーターがt分布にしたがうと仮定して、信頼区間を計算する。また有意水準を設定することにより、仮説検定を行うことになる。通常、有意水準は5%に設定されることが多い(これは経験則のようなものであり、合理的根拠はまったく存在しない)。

このことは、検定力(power)の計算可能性と関係がある。統計的仮説検定には第一種の過誤(type I error)と第二種の過誤(type II error)とがあるが、分析者がコントロールできるのは後者だけである。5%という値が意味しているのは、100回のうち5回は間違った判断をすることを許容していることになる。

ところでベイジアンでは、検定力という概念は存在しない。これは検定方法に理由がある。古典的計量分析におけるネイマン=ピアソン型の仮説検定では、上に述べたように有意水準(何%の間違いを許容するか)を設定する必要がある。すなわち、第二種の過誤をコントロールして仮説検定を行っている。

これに対しベイジアンでは、ベイズの定理から事後分布を得ているので、分布の密度が高い部分の95%の範囲を選ぶことができる。古典的計量分析では信頼区間(confidence interval)と言われているものが、ベイジアンでは信用区間(credible interval)と呼ばれている。なかでも密度の高い部分の信用区間を選ぶことが多く、これを最高事後密度区間(HPDI:Highest Posterior Density Interval)という。

古典的計量分析における信頼区間では、パラメーターのしたがう分布を例えばt分布と仮定した上で仮説検定を行っている。しかし、いつでもそのような分布に従うとは限らない。これに対してベイジアンでは事後の分布を特定化できるために、常に密度の高い信用区間を得ることが可能となる。言い換えれば、ベイジアンの仮説検定はきわめて直接的であるといえよう。

[編集] 問題点とその解決策: MCMCの導入

ベイジアン計量経済学は、常にベイズの定理を適用し、条件付確率を用いた議論を行うという点で一貫性を有している。しかしながら、少しでも分布が複雑になってしまうと、事後分布を解析的に導出することが不可能になるケースが多い。また、仮に導出できたとしても、今度は数値計算が難しくなってしまうという問題がある。このため、これまで計量経済学においてベイズ分析は少なかった。

ところが1990年代に入り、主に統計物理学の分野で発展してきたマルコフ連鎖モンテカルロ法(MCMC method:Markov Chain Monte Carlo method)が導入されたことにより、統計分析におけるベイズ分析の適用が爆発的に普及することとなった。また、Zellner,A.(1971)以来、テキストブックも出てこなかったが、ここ数年で次々とベイジアン計量経済学の教科書が出版されるようになった。また、マクロ経済学の実証分析におけるベイズ分析の需要も相俟って、計量経済学において必要不可欠な分析装置となりつつある。

以下ではMCMCの基本的な考え方を述べることとしたい。以下では、マルコフ連鎖の基本的内容については既知のものとする。

[編集] ギブズ・サンプラー

[編集] データ拡張法

[編集] メトロポリス=ヘイスティング・アルゴリズム

[編集] ベイズ分析の課題と展望

ベイズであるが故に生涯付きまとう問題は、確率を主観的に扱っているという批判である。古典的計量分析は頻度論的確率に依拠しているため、確率については客観的に振舞うことが可能である。

しかし、いかなる分析において主観が介在しないものはない。たとえば線形回帰モデルを例にとっても、なぜ線形模型を構築したのか、なぜその変数群を選択したのか、こういう点に分析者の主観が大いに入り込んでくる。ベイズではその主観がただ確率に混入しているに過ぎない。それをあげつらって批判するのは、何の実りもない。

情報の有効利用という観点では、ベイズ統計分析がはるかに優れている。それは分析者の持っている情報を事前確率という形で定式化し、それに尤度をかけることによって事後確率を導出できるからだ。つまり情報の更新という視点をベイズは積極的に使っていることになる。

これに対し古典的計量分析では、既存の分析方法の精緻化以外に進歩する余地がないのが実情である。ノーベル賞級の業績と言われているGMMも、かつてのモーメント法を改良しただけに過ぎない。たしかに既存の方法論を特殊形として含んでいる点では、科学哲学(とりわけ素朴ベーコン主義)の観点からもパラダイム転換に近い影響を与えたことは間違いない。しかし、その後は理論の精緻化以外に得られるものはなかった。

ベイズ分析も、基本はベイズの定理の応用でしかない。しかし、MCMCの発展・導入により分析方法が飛躍的に拡充した。これまで解析的に不可能であったものが、数値的に簡単に分析できるようになり、同時に理論面でも整備が進んでいる。実際の応用という点においても、その有用性をベイズは物語っている。

いまだに計量経済学の世界では、標本理論とベイズ理論とが対峙しているままである。またベイジアンの不利な点は、ベイズを学ぶためには標本理論をある程度理解していることが前提であるところにある。したがって、計量経済学におけるベイジアンの人口は、標本理論に比べてはるかに少ない。しかし、昨今の応用事例の幾何級数的な増加、および教科書・専門書の体系化もあいまって、今後ますますベイジアンは増えていくものと思われる。

日本では残念ながら、確率に関する哲学的議論がいまだ残っているために、ベイジアンを導入するのに消極的な研究機関が多い。そうすることによって、分析手法や視野を狭めている可能性がある。

[編集] 計量分析ソフト 

  1. TSP
  2. Eviews
  3. STATA
  4. MATLAB
  5. NLogit
  6. Octave
  7. Scilab
  8. MuPAD
  9. Excel-Macro
  10. SPSS
  11. SAS
  12. Stat View
  13. R
  14. S
  15. S-Plus
  16. GAUSS
  17. Mathematica
  18. Maple

[編集] 今後の展望

1970年以降は、時系列分析が流行であり、2003年度のノーベル経済学賞は、単位根、共和分という概念を提唱したEngleとGrangerが受賞した。

計量経済学は、経済モデルの実証研究を行う学問であり、近代経済学の発展に大いに貢献してきた。現代ではマクロ経済分析にとどまらず、ミクロ経済学の分野である財政学や労働経済学などにおいても必要不可欠な分析手法となっている。 傍流として出てきた時系列分析は、金融工学という学問体系にまで発達を遂げた。ただ単に経済モデルの検定にとどまらず、工学分野への応用によって更に計量経済学を活かすことのできる可能性が広まっている。

[編集] 日本の計量経済学者

2005/1現在、北から所属研究機関別に列記。Dは博士学位、Ph.Dは米国学術博士学位である。

長谷川光(神大D) [1]
柿沢佳秀(阪大D) [2]
栗山規矩(東大D) [3]
細谷雄三(Yale Ph.D) [4]
金澤雄一郎(Yale Ph.D) [5]
庄司功(東大D) [6]
国友直人(Stanf Ph.D) [7]
林文夫(Harv Ph.D) [8]
西村淸彦(Yale Ph.D) [9]
矢島美寛(東工大D) [10]
山本拓(Penn Ph.D) [11]
高橋 一 (Columbia Ph.D) [12]
斯波 恒正 (Penn Ph.D) [13]
田中 勝人 (Austr Ph.D) [14]
桑名 陽一 (Stanf Ph.D) [15]
黒住英司(一橋大D) [16]

浅野皙(Wiscon Ph.D) [17]
浅井学 (筑大D) [18]
戸田裕之(Yale Ph.D) [19]
小林正人(東大D) [20] [21]
永井圭二(Rutgers Ph.D) [22]
中村愼一郎(ボン大D) [23]
近藤康之(筑大D) [24][25]
蓑谷千凰彦(慶大D) [26]
McKenzie, Colin (Austr Ph.D) [27]
根本二郎(名大D) [28]
森棟公夫(Stanf Ph.D) [29]
小川一夫 (神大D) [30]
伴 金美 (名大D) [31]
竹内惠行 (東大D) [32]
本多佑三(Princet Ph.D) [33]
堀山秀一 [34]

村澤康友(Penn Ph.D) [35]
鹿野繁樹 (筑大D) [36]
山下和久 [37]
北坂真一(神戸大D) [38]
大谷一博 (神商大D) [39]
谷崎久志 (Penn Ph.D) [40]
羽森茂之 (Duke Ph.D) [41]
佐伯親良 [42]

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