川島素晴
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
クラシック音楽 |
---|
作曲家 |
ア-カ-サ-タ-ナ |
ハ-マ-ヤ-ラ-ワ |
音楽史 |
古代 - 中世 |
ルネサンス - バロック |
古典派 - ロマン派 |
近代 - 現代 |
楽器 |
鍵盤楽器 - 弦楽器 |
木管楽器 - 金管楽器 |
打楽器 - 声楽 |
一覧 |
作曲家 - 曲名 |
指揮者 - 演奏家 |
オーケストラ - 室内楽団 |
音楽理論/用語 |
音楽理論 - 演奏記号 |
演奏形態 |
器楽 - 声楽 |
宗教音楽 |
メタ |
ポータル - プロジェクト |
カテゴリ |
川島 素晴(かわしま もとはる、1972年 - )は、東京都生まれの現代音楽作曲家。
東京芸術大学卒業、同大学院修了。作曲を松下功、近藤譲の各氏に師事。
秋吉台国際作曲賞(1992)、ダルムシュタット奨学生賞及びベスト・ノーテーション賞(1994)、ダルムシュタット・クラーニヒシュタイン音楽賞(1996)、日本音楽コンクール作曲部門第2位及びE.ナカミチ賞(1996)、第7回芥川作曲賞(1997)など国内外のコンクールで入賞・入選多数。
ACLバンコク大会(1995)、ISCMコペンハーゲン大会(1996)、ハノーファービエンナーレ(1999)、日本ASEAN交流10周年記念合同オーケストラ(2003)、いずみシンフォニエッタ(2004)、ガウデアムス国際音楽週間(2005)、Music From Japan(2005)など世界各地の現代音楽祭や演奏団体によって作品が取り上げられている。また、音楽企画にも精力的に取り組んでおり、作曲家集団「現在形の音楽」同人(1994-97)、「Ensemble Contemporary α(東京)」代表(1992-2001)・副代表(-2005)、「next mushroom promotion(大阪)」指揮者・音楽監督(2001-2005)、「いずみシンフォニエッタ大阪」プログラミングアドバイザー、シリーズ「作曲家の音」主宰などの実績を持つ。
[編集] 作風
川島が自作を解説する時、キーワードとなる二つの言葉として「演じる音楽」と「笑いの構造」がある。どちらも演劇的および身体的要素への着目によって音楽的アイデアを得るというもので、そのアイデアは様々な方法で具現化されている。
[編集] 第一期
例えば最初期のデビュー作であるフルート独奏のための「マニック・サイコシスⅠ」(躁病の意味)や、続く「デュアル・パーソナリティ」、「マニック・デプレッシブ」(躁鬱の意味)と題される一連の作品に見られるように、同一人物が演じる役柄の瞬間的な切り替えによる混乱状態を描いた作品が多い。
この頃の川島は、ピアノの平野弦、大井浩明、黒田亜樹、フルートの木之脇道元、打楽器の神田佳子、加藤則子、クラリネットの菊地秀夫など、現代音楽を高次元で処理できる演奏家にも恵まれたことが大きかった。彼らの演奏技術をそのまま享受するのではなく、むしろさらに拡張させてゆくベクトルを与えたことが川島らしさを引き立てていった。ヴァイオリン独奏の為の「夢の構造Ⅲ」では、師の近藤譲の初期すら上回る膨大なインストラクションに、最も極端な拡張が見られる。その演奏技術のプロトタイプ化に四人の奏者の為の「ポリプロソプスI」で成功。この作品を以って、川島の美学は書法や音色面に於いて完成した。この作品のクラーニヒシュタイナー音楽賞の受賞を巡って、マウリツィオ・カーゲル的なのかどうかで議論が展開されたといわれる。しかしながら、四奏者を同期させるか分割させるかをここまで周到に準備する手腕はカーゲルにはなく、その「笑いのツボ」を押えた作風が好評を博す。現在もこの作品の再演打率は多く、お客を飽きさせることはない。
また2000年前後には特に「笑い」に着目した作品が多く、「フルート協奏曲」、「S+Iのためのエチュード」、「パgani蟹」などでは、従来の鑑賞形態としての聴く事を主とする音楽だけにとどまらず、喜劇的要素を含む舞台作品としての側面が強かった。その代償として多くの引用元に頼らないと、ネタが成立しないという弱点をこれ以降抱えることとなる。自作自演も数多いが、自分で演奏できる為にリズムを簡素化しなければならないなど、問題点も目立つ。
[編集] 第二期
近作では「室内管弦楽のためのエチュード」などをはじめ、これらのアイデアを継承しつつも、過度な演劇的要素は一時期ほど濃くはなくなり、演奏中心の作風に移りつつある。そのような中でも、新たに彼らの作品の演奏に加わったソプラノの太田真紀、チェロの多井智紀などの助けを得て、作風を個性的に進化させている。編曲作品と作曲作品で、それほど音色美が変わらないというのも、興味深い展開の一つといえよう。
カテゴリ: クラシック音楽関連のスタブ | 日本の作曲家 | 1972年生