尾形俊太郎
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尾形 俊太郎(おがたしゅんたろう、生没年不詳)は、新選組諸士取扱兼監察。文学師範。後に見廻組格。一時は五番隊組頭、副長助勤も務めている。肥後国出身。
文久3年(1863年)3月の名簿にすでに名前が記載されていることから、第1次募集において採用された古参隊士と考えられる。近藤勇の江戸行きや、2度に渡る長州出張に例外なく随行しているため、文官として高く評価されていた可能性が高い。
戊辰戦争では、鳥羽伏見を経て甲陽鎮撫隊にも参加したが、会津戦争において消息不明となっている。最後の記録文として残っているのは、会津若松城下外堀外の宿屋に斎藤一こと山口次郎とともにともに宿泊したことだ。生き残った副長助勤としては、斎藤と尾形のみである。
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