北方ルネサンス建築
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北方ルネサンス建築(ほっぽうルネサンスけんちく)は、アルプス山脈以北に伝播したルネサンス建築を便宜的にまとまたもの。
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[編集] 概説
16世紀初期に、王侯貴族によってラテン文学が積極的に導入されるようになると、これにともなってイタリアで培われたルネサンス建築の意匠も紹介され、東欧諸国、フランス、ドイツ、オランダ、スペイン、そしてイギリスに新しいデザインの着想をもたらし、イタリアの建築家が雇われ、あるいはまた熟練職人によってその形態が模倣された。
しかし、後のバロック建築や新古典主義建築と比較すると、ヨーロッパ諸国に与えたルネサンス建築の影響力は、その範囲がかなり限定されている。というのも、フランスとスペインはイタリアの領地獲得をめぐる紛争状態にあり、ドイツとオランダは宗教改革による動乱の渦中にあった。イギリス国教会はカトリックとの不和によって分断されていた。また、特にフランス、ドイツ、イギリスにおいては、ゴシック建築の伝統を完全に棄却することはなかった。
[編集] 東欧諸国のルネサンス建築
ハンガリー、ロシア、ポーランド、オーストリアなどの東欧諸国では、上記の国々に比べるとルネサンス様式の吸収は、実はずっと早く、特に1458年から1490年に渡るマーチャーシュ・コルヴィヌス治下のハンガリーでは、豊かなルネサンス芸術が開いた。
彼はイタリアから石工や彫刻家を招き、多くの仕事をさせたことが発掘により証明されている。これらの技術者たちはロシアにも赴き、ロシアのルネサンス建築を装飾したが、プランそのものには手をつけず、ビザンティン建築の要素は完全には放棄されなかった。1504年着工の聖ミハイル大聖堂はその代表例だが、1506年起工のハンガリーのエステルゴム大聖堂のバコーツ礼拝堂といった建築は、平面プランにおいてもルネサンス建築として成立している。
[編集] フランスのルネサンス建築
地理的にも近く、多くの芸術家が渡ってきたフランスでは、ルネサンスの造形は、比較的早く吸収された。しかし、最初にその形態が表現されるのは、もっぱらミラノ公国占有の前哨基地となったロンバルディア地方に限られたものだった。16世紀 初期にフランスで好まれた複雑な螺旋階段は、明らかに当時この地方に滞在し、死去したレオナルド・ダ・ヴィンチによるものである。
16世紀半ばになると、ロンバルディアとは異なった経路でルネサンスが導入され始めた。ロッソ・フィオレンティーノやプリマティッチオといったマニエリスム芸術家がフランスに滞在し、影響を与えたのである。1540年には、セバスティアーノ・セルリオが宮廷建築家としてイタリアから招かれ、建築論を次々に出版した。同時にフェリベール・ド・ロルムやジャン・ビュラン、ピエール・レスコーら、イタリアに留学した建築家たちも活動し始め、ルネサンスを見事にフランス風に処理していった。
[編集] イギリスのルネサンス建築
イギリスでのルネサンス建築の導入は大変厳しく、地理的な遠さもさることながら、やはり宗教改革による影響が大きかった。イタリアの建築家たちによる建築書が全く紹介されなかったわけではないが、16世紀半ばに至るまで、イギリス建築は殆ど鎖国に近い状態であったと言える。1530年代から1620年代にかけて、やっとルネサンスらしき様式が導入されるようになるが、フランス、オランダ、ドイツを経由して屈曲したものであったし、ゴシック様式の伝統は、イギリスでは決して死に絶えることはなかったようである。結果、1556年に起工したバーリィ・ハウスでは、フランスの凱旋門とイギリスの伝統的装飾を、オランダの職人が製造するという恐るべき混淆がなされている。
トッリジアーノやジョン・シュートといった建築家たちは、イギリスにおけるルネッサンスの導入に多少の影響を与えたようであるが、決定的な大転換は起らなかった。しかし、17紀に入ると、イニゴー・ジョーンズによって、イタリアのルネサンス建築は、ほぼそのまま持ち込まれるようになった。1616年起工のクイーンズ・ハウスや1619年起工のバンケティング・ハウスは、彼の建築家としての力量を端的に示してる。実際、彼は近代的な意味でのイギリスにおけるはじめての建築家であった。
[編集] 主要建築物
[編集] フランス
- 1515年起工・1525年完成 ブロワの城館北翼屋
- 1519年起工・1537年完成 シャンボールの城館(ドメニコ・ダ・コルトーナ設計)
- 1528年起工・1540年完成 フォンテンブローの城館(ジル・ル・ブルトンおよびイル・ロッソ設計)
- 1546年起工 ルーヴル宮殿のクール・キャレ(ピエール・レスコーおよびジャン・グジョン設計、パリ)
- 1547年起工・1552年完成 アネの城館(フェリベール・ド・ロルム設計、現在ファサードはパリのエコール・デ・ボザールに移築)
- 1548年起工・1549年完成 イノサンの泉(ジャン・グジョン作成、パリ)
- 1554年起工 オテル・カルナヴァレ(ピエール・レスコー設計、パリ)
[編集] スペイン
- 1528年起工 グラナダ大聖堂(ディエゴ・デ・シロエ設計、グラナダ)
- 1526年起工・1616年完成 アルハンブラのカルロス5世宮殿(ペドロ・マチューカおよびルイス・マチューカ設計、グラナダ)
- 1563年起工・1586年完成 エル・エスコリアル(ファン・バウティスタ・デ・トレードおよびファン・デ・エレーラ設計)
[編集] ドイツ
- 1556年起工・1563年完成 ハイデルベルグ城のオットハインリヒスバウ
- 1569年起工 古代美術館(ヴィルヘルム・エックル設計、ミュンヘン)
- 1583年起工・1597年完成 ザンクト・ミヒャエル聖堂(ヴォルフガング・ミラーおよびフリードリッヒ・ズストリス設計、ミュンヘン)
- 1615年起工・1620年完成 アウクスブルグ市庁舎(エリアス・ホル設計、アウクスブルグ)
- ニュルンベルク市庁舎
[編集] オランダ
- 1530年起工・1534年完成 デ・ザルム(トンマーゾ・ヴィンチドール設計、メヘレン)
- 1561年起工・1565年完成 アントワープ市庁舎(コルネリス・フロリス・デ・フリーント設計、アントワープ)
- 1598年頃完成 計量所(リーフェン・デ・ケイ設計、ハールレム)
[編集] イギリス
- 1556起工 バーリィ・ハウス(ウィリアム・セシル設計、ノーサンプトンシャー
- 1616年起工 クイーンズ・ハウス(イニゴー・ジョーンズ設計、ロンドン)
- 1607年起工・1611年完成 ハットフィールド・ハウス(ロバート・セシルおよびイニゴー・ジョーンズ設計、ハートフォードシャー)
- 1619年起工・1622年完成 ホワイトホール宮殿のバンケティング・ハウス(イニゴー・ジョーンズ設計、ロンドン)
- 1640年頃 リンゼイ・ハウス(イニゴー・ジョーンズあるいはジョン・ウェッブ設計、ロンドン)
- 1660年頃 アッシュバーナム・ハウス(イニゴー・ジョーンズあるいはジョン・ウェッブ設計、ロンドン)
- 1660年頃 エルサム・ロッジ(ヒュー・メイ設計、ロンドン)