ヘリコバクター・ピロリ
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ヘリコバクター・ピロリ | ||||||||||||
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分類 | ||||||||||||
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学名 | ||||||||||||
Helicobacter pylori |
ヘリコバクター・ピロリ(Helicobacter pylori)はヒトなどの胃に生息するらせん型の細菌である。ピロリ菌とも呼ばれることがある。
1983年 オーストラリアのロビン・ウォレン(J. Robin Warren)とバリー・マーシャル(Barry J. Marshall)により発見された。
胃の内部は胃液に含まれる塩酸によって強酸性であるため、従来は細菌が生息できない環境だと考えられていたが、ヘリコバクター・ピロリはウレアーゼと呼ばれる酵素を産生しており、この酵素で胃粘液中の尿素をアンモニアと二酸化炭素に分解する。このとき生じたアンモニアで、局所的に胃酸を中和することによって胃へ定着(感染)している。この菌の発見により動物の胃に適応して生息する細菌が存在することが明らかにされた。
ヘリコバクター・ピロリの感染は、慢性胃炎、胃潰瘍や十二指腸潰瘍のみならず、胃癌やMALTリンパ腫などの発生につながることが報告されている。細菌の中でヒト悪性腫瘍の原因となりうることが明らかになっている唯一の病原体である。
目次 |
[編集] 歴史
- (1875年、ドイツの研究者が胃内らせん菌を発見)
- 1892年、イタリアのGiulio Bizzozeroがイヌの胃内のらせん菌を発見
- 1954年、アメリカの病理学者、エディ・パルマーが胃内らせん菌の存在を否定
- 1983年、ロビン・ウォレンとバリー・マーシャルによる再発見と培養法の確立
- 1994年、国際がん研究機関(IARC)が胃がんの病原体であることを発表
- 2005年、ウォレンとマーシャルがノーベル生理学・医学賞を受賞
[編集] 「胃の中の細菌」をめぐる論争
1875年、ドイツの研究者がヒトの胃に存在しているらせん状の細菌を発見し顕微鏡で観察したのがヘリコバクターの最初の報告であると言われているが、詳細な記録は残っていない。残っている最初の正式な記録は、1892年に、イタリアの研究者Giulio Bizzozeroがイヌの胃内の酸性環境で生息する細菌について著したものである。その後、1899年、ポーランドの研究者Walery Jaworskiがヒトの胃からグラム陰性桿菌とともにらせん菌を見いだし、彼はこの菌をVibrio rugulaと名付け、胃疾患との関連について、ポーランド語で書かれた著書の中で提唱した。
その後20世紀に入って、1906年にはKrienitzらが胃癌患者の胃粘膜にらせん菌がいることを、1920年代にはLuckらが胃粘膜に(ヘリコバクター・ピロリに由来する)ウレアーゼの酵素活性があることを、1940年には、FreedbergとBarronが胃の切除標本の約3分の1にらせん菌が存在することを、相次いで報告し、「胃の中の細菌」の存在と胃疾患との関連に対する医学研究者らの関心が興味が徐々に高まっていった。
しかし、この説に対して異を唱える研究者も多く存在した。19世紀当時、細菌学はロベルト・コッホらの活躍によって隆盛を極めていたが、当時行われていた培養法では、この「胃の中の細菌」を分離培養できず、生きた菌の存在を直接証明できなかったためである。また細菌学の黎明期にはコレラ菌やチフス菌など、多くの消化管感染症の原因菌が研究されたが、胃は胃酸による殺菌作用によって、これらの細菌感染に対する防御機構としての役割を果たすと考えられおり、このこともしばしば反対派の論拠として挙げられた。胃ですべての菌が死滅するわけではないものの、そこは生命にとって劣悪な環境であり、細菌は生息できないと考えられていたのである。
そして1954年、アメリカの病理学者で消化器病学の大家であった、エディ・パルマー(Eddy D Palmer)が、1000を超える胃の生検標本について検討した結果、らせん菌が発見できなかったと報告し、Freedbergらの報告は誤りであると主張した。この報告によって、それまで報告されてきたらせん菌は、一種の雑菌混入(コンタミネーション)によるものだったのではないかという考えが主流になり、一部の医学研究者を除いて、「胃の中の細菌」に対する研究者の関心は薄れていった。
[編集] ヘリコバクター・ピロリの発見
1983年、オーストラリアのロビン・ウォレンとバリー・マーシャルがヒトの胃から、らせん状の菌を培養することに成功した。この発見には、Skirrowらが1977年に確立したカンピロバクターの微好気培養技術が基盤となっている。カンピロバクターは感染性の下痢の原因となるらせん菌であり、微好気性(低濃度の酸素と、二酸化炭素を必要とする)かつ栄養要求性の厳しい細菌の一種であるため、特殊な培地と培養法が必要である。マーシャルらはその培養法を応用して、慢性活動性胃炎の患者の胃内、幽門付近かららせん菌を分離することに成功した。
この成功の影には一つのセレンディピティがあったと伝えられている。カンピロバクター培養法を導入したマーシャルらであったが、それでも目的の菌の培養には失敗が続いた。しかし1982年4月のイースターのとき、マーシャルの実験助手が休暇をとったため、マーシャルは通常は数日で終わらせる培養を、5日間そのまま放ったらかしで続けることにした。そして休暇が終わったとき、培地上に細菌のコロニーができていることに気づき、これが本菌の発見につながった。後にわかったことだが、ヘリコバクター・ピロリは増殖が遅く、培養には長時間を必要する細菌であった。
光学顕微鏡で観察した形態の類似性と微好気性であることが共通していたため、この菌はカンピロバクターの一種と考えられ、Campylobacter pyloridis(campylo-; 湾曲した、カーブした、bacter; 細菌、pylorus;幽門)と命名された。ただし、この名称はラテン語の文法上誤りであったため、1987年にCamplylobacter pyloriに改名された。その後、電子顕微鏡下での微小構造の違いや遺伝子の類似性から、1989年にカンピロバクターとは別のグループとして、新たにヘリコバクター属が設けられ、Helicobacter pylori(helico-; らせん状の)に名称変更された。また、同様の方法でヒト以外にもフェレット、サル、ネコ、チーターなどの動物の胃からも同様の菌が分離されてヘリコバクター属に分類された。
[編集] 病原性の証明
発見された当時、慢性胃炎や胃潰瘍はもっぱらストレスだけが原因であるという説が主流であったが、マーシャルらは本菌がこれらの疾患の病原体であるという仮説を提唱した。これらの疾患の慢性化と胃がんの発生が関連することが当時すでに知られていたため、この仮説は本菌ががんの発生に関与する可能性を示唆するものとしても注目されたが、当初は疑いの目を持って迎えられた。
そこでマーシャルは培養したヘリコバクター・ピロリを自ら飲むという、自飲実験を行った。その結果、マーシャルは急性胃炎を発症し、コッホの原則の一つを満たすことが証明された。ただしマーシャルの胃炎はこの後、治療を行うことなく自然に治癒したため、急性胃炎以外の胃疾患との関連については証明されなかった。一方、彼とは別に、ニュージーランドの医学研究者、アーサー・モリスもまた同様の自飲実験を行った。その結果、マーシャルと同様に急性胃炎を発症しただけでなく、モリスの場合は慢性胃炎への進行が認められた。これらの結果から、ヘリコバクター・ピロリが急性および慢性胃炎の原因になることが証明された。この後、疫学的な研究から、これらの疾患の慢性患者の多くから本菌が分離されることや、本菌の除菌治療が再発防止に有効であることも明らかになった。
胃がんとの関連については、ヒト以外の動物を用いた数多くの実験にも関わらず証明ができないままであったが、疫学調査の結果から明らかになっていった。そして1994年には国際がん研究機関(IARC)が発行しているIARC発がん性リスク一覧に、グループ1(発がん性がある)の発がん物質として記載された。その後、1998年には日本の研究者がスナネズミを使った動物実験で胃がんの発生に成功し、コッホの原則に基づく証明に成功した。
一方、ヘリコバクター・ピロリの除菌が広く行われだした頃から、この治療を行った患者に食道炎や食道がんの発生が多いことが報告されており、本菌は胃に対して悪影響をおよぼす傍ら、食道に対してはむしろ疾患を防御している可能性が示唆されている。
[編集] その後の展開
医学的な重要性から、ヘリコバクター・ピロリの研究は精力的に進められ、1997年にはゲノム解読が完了した。この結果から、胃内定着の機構や発がんのメカニズムについての研究がさらに進められている。
2005年には、ヘリコバクター・ピロリの発見の功績によって、ロビン・ウォレンとバリー・マーシャルに対してノーベル生理学・医学賞が授与された。
[編集] 特徴
グラム陰性で、直径約0.5µm、長さ3-5µm。2-3回ねじれたらせん菌の形状を持ち、顕微鏡下ではS字状、あるいはカモメ状と呼ばれる曲がりくねった形態として観察される。長軸の両端(極)に、それぞれ4-8本の鞭毛(極鞭毛とよばれる)を持ち、この鞭毛の回転運動によって、溶液内や粘液中を遊泳して移動することが可能である。微好気性 で栄養要求性も厳しいため、分離や培養が難しい部類の細菌であり、酸素濃度5%、二酸化炭素濃度5-10%の条件で専用の培地を用いることで培養可能となる。
ヘリコバクター・ピロリは、中性と酸性領域の2つの至適pHを持つウレアーゼを産生し、この酵素が本菌の胃内への定着と病原性に大きく関与している(下記に詳述)。ヘリコバクター属は2000年の時点で24種に分類されているが、ピロリに類似したウレアーゼを持つH. mustelaeやH. felisなどは動物の胃内に定着可能であり、一方、ウレアーゼを持たないものや酸性条件下では働かないウレアーゼを産生するものは、胃内には定着せずに腸内に寄生している。
ヘリコバクター・ピロリはヒトおよびネコに感染することが明らかになっている。本菌の感染経路は不明であるが、胃内に定着することから経口感染すると考えられており、小児期に保菌している親との濃密な接触(離乳食の口移しなど)や食事を介して感染し、その後一生涯にわたり感染が持続しているという説が有力である。また、ヒトやネコ以外の動物の胃にもそれぞれ、他のヘリコバクター属細菌が定着していることが明らかになっている。
ヘリコバクター・ピロリは自然環境においては動物の胃内だけで増殖可能であり、それ以外の場所では、生きたらせん菌の形では長時間生残することは出来ない。しかし、患者の糞便中からcoccoid formと呼ばれる球菌様の形態に変化したものが分離されることがある。coccoid formは一種のVNC状態だと考えられており、この形態では増殖はできないものの、一部のcoccoid formが再びヒトの体内に入って蘇生する可能性が示唆されているため、この性状も本菌の感染に関与しているのではないかという説も提唱されている。
従前は世界中ほとんど全ての人が保菌していたが、先進工業国では衛生管理の徹底によって、この菌を持たない人が増えてきている。2005年現在、世界人口の40-50%程度がヘリコバクター・ピロリの保菌者だと考えられている。日本は先進国のなかでも保菌率が高いといわれている。
[編集] 病原因子
ヘリコバクター・ピロリには多くの病原因子が存在する。特にウレアーゼは本菌の胃内定着に必須であるともに、走化性や粘膜傷害にも大きく関与する。これ以外にも、本菌に特異的な外毒素(菌体外に分泌される毒素)である細胞空胞化毒素(vacA)や、ムチナーゼやプロテアーゼなどの分泌酵素群が、粘膜および胃上皮細胞の傷害に直接関与すると考えられている。またグラム陰性菌の最外殻に存在するリポ多糖などによって起きる、好中球などの遊走によっても炎症が引き起こされる。また本菌は線毛に類似したIV型分泌装置と呼ばれる構造を有しており、これによって宿主細胞に直接注入されるエフェクター分子(cagAなど)は宿主細胞のIL-8産生を誘導して炎症反応を惹起する他、アクチン再構築や細胞増殖の亢進、アポトーシスの阻害など多様な反応を引き起こし、これが癌の発生につながるとも考えられている。この他、鞭毛は本菌が感染部位となる胃粘膜に遊泳して到達するために、また外膜タンパク質の一種は本菌が上皮細胞に接着するために必要であることが知られている。
これらの病原因子はすべて本菌による感染や胃粘膜傷害に関与するが、このうち本菌に特異的なvacAやcagAについて研究が進んでいる。その結果、同じヘリコバクター・ピロリでも、vacAやcagAを持つ菌株と持たない菌株が存在することが明らかになった。これらを持つ菌株は毒性が強く、これらの強毒株こそが慢性胃炎や消化器潰瘍、胃がんの本当の病原体で、弱毒株の方はあまり害のない一種の常在菌なのでないか、という仮説も提唱されている。
[編集] ウレアーゼ
ヘリコバクター・ピロリの持つウレアーゼは細胞の表層部に局在しており、中性および酸性領域の2種類の至適pHを持つため、胃内部の酸性条件下でも尿素からのアンモニア産生が可能である。ウレアーゼによって作られたアンモニアは局所的に胃液を中和するため、その部分にヘリコバクター・ピロリが定着可能となって感染が成立する。アンモニアはまた、ヘリコバクター・ピロリに対して走化性因子としても作用し、胃内にいる他のヘリコバクター・ピロリが鞭毛により遊泳して感染部位に集合しやすくなる。さらに細菌感染に対して動員された白血球が産生する過酸化水素と、その過酸化水素からさらに生成する活性酸素や次亜塩素酸がアンモニアと反応すると、モノクロラミンなどの組織障害性が強いフリーラジカルが生成されて、胃粘膜傷害がさらに進行する。
[編集] 病原性
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ヘリコバクター・ピロリは、ヒトの萎縮性胃炎、胃潰瘍、十二指腸潰瘍などの炎症性の疾患、胃癌やMALTリンパ腫(粘膜関連リンパ組織に生じるBリンパ腫。MALT:Mucosa-Associated-Lymphoid-Tissue)などのがんの発症と密接に関連した病原細菌である。国際がん研究機関が発表しているIARC発がん性リスク一覧では、グループI(発がん性がある)に分類されている。ただし疾患が現れるのは、保菌者の約3割程度であり、残りの7割の人は持続感染しながらも症状が現れない健康保菌者(無症候キャリア)だと言われている。
[編集] 胃、十二指腸
ヘリコバクター・ピロリが、宿主であるヒトの胃に感染した場合、それが初感染のときには急性の胃炎や下痢を起こす。ほとんどの場合はそのまま菌が排除されることなく胃内に定着し、宿主の終生にわたって持続感染を起こす。持続感染したヒトでは萎縮性胃炎・胃潰瘍・十二指腸潰瘍のリスクが上がる。
胃の表面では粘膜上皮細胞を1mm程度の厚さで粘液層が覆っており、これが胃液に含まれる胃酸や、ペプシンなどのタンパク質分解酵素から上皮細胞を守る役割を担っている。胃内に侵入したヘリコバクター・ピロリは、鞭毛を使ってこの粘液層内部に泳いで移動し、菌体の表層にあるリポ多糖や外膜タンパク質などの分子の働きによって上皮細胞の表面に付着する。この粘液層の内部もまた酸性度の高い環境であるため、通常の細菌はそこに定着することはできないが、ヘリコバクター・ピロリの持つウレアーゼは粘液中の尿素を二酸化炭素とアンモニアに分解し、生じたアンモニアが粘液中の胃酸を中和することで酸による殺菌を免れる。殺菌を逃れた菌は粘液層で増殖する。また尿素から生じたアンモニアなどは尿素やヘミンなどの生体分子とともに、走化性因子として周囲の菌を呼び寄せ、粘液下層にヘリコバクター・ピロリの感染巣が形成される。この感染巣の部分で、ヘリコバクター・ピロリが作るさまざまな分解酵素の働きによって粘液層が破壊され、粘膜による保護を失った上皮細胞が傷害されて炎症がおきる。また菌が分泌するVacAなどの毒素やIV型分泌装置で上皮細胞に注入するCagAなどのエフェクター分子による上皮細胞の直接的な傷害や、細菌の感染に対して動員された好中球などの白血球による組織傷害なども加わって、炎症を増悪させる。
またこれらの炎症性疾患が慢性化すると、胃癌や、MALTリンパ腫が発生するリスクも上昇する。炎症に続いておこる組織修復が繰り返されることによって、細胞がん化のリスクが上昇することが、癌の発生原因の一つであると考えられている。また、ヘリコバクター・ピロリが産生するCagAなどの病原因子が、宿主細胞増殖を促進したり、アポトーシスを抑制することで、宿主細胞のがん化に関与している可能性も指摘されている。
[編集] 食道
胃炎治療のために除菌治療を行った人の一部で食道炎の発生や、それに伴う食道がんのリスクが増加する可能性が報告されているが、この現象についてはまだ一致した見解が得られていない。
胃内にヘリコバクター・ピロリを持たない人や除菌治療を行った人では、胃酸の分泌が過剰となって胃内の酸性度が増し、逆流した胃液が食道組織を傷害して、一過性の逆流性食道炎やバレット食道を生じることがある。バレット食道は食道腺癌の前段階の病変として現れることも知られている。ただし、この逆流性食道炎は一過性のもので、生涯にわたって増悪するかどうかについては否定的な専門家が多い。また除菌時にみられるバレット食道の多くは病変が短いタイプのもの(SSBE; Short Segment Barrett Esophagus)であり、このタイプの発生と食道腺癌発生のリスクについても統一した見解は得られていない。
食道に対する知見から、ヘリコバクター・ピロリの持続感染は、胃がんとは逆に、食道がんのリスクを低下させているのではないかという考えも提唱された。本菌はもともと宿主と共生関係にある常在細菌の一種であり、胃酸分泌のコントロールによって食道の疾患予防に貢献していると考えている研究者も存在する。人間の胃内のpH調整機構そのものが、本来常在細菌であったヘリコバクター・ピロリによる胃酸中和の存在を前提とした形で進化を遂げているのだと主張している。
[編集] 検査
ヘリコバクター・ピロリ感染の有無の診断には下記の検査法のいずれかを用いる(複数であればさらに精度が高くなる)。他の一般的な細菌感染症の場合と同様な、(1)病原体そのものの存在を検出する、(2)その病原体の感染によって患者の血液中に産生された抗体の量を測定する、という原理によるものの他に、本菌に独特な検査方法として、(3)本菌が有するウレアーゼの酵素活性を測定するもの、も利用されている。日本ヘリコバクター学会のガイドラインでも、これらの診断法が採用されている。
- 内視鏡による生検組織を必要とする検査
- 迅速ウレアーゼ試験(rapid urease test, RUT)
- 尿素とpH指示薬が混入された検査試薬内に、胃生検組織を入れる。胃生検組織中にヘリコバクター・ピロリが存在する場合には、本菌が有するウレアーゼにより尿素が分解されてアンモニアが生じる。これに伴う検査薬のpHの上昇の有無を、pH指示薬の色調変化で確認する。この検査によって本菌の存在が間接的に診断できる。
- 組織鏡検法
- 組織切片をHE(ヘマトキシリン-エオジン)染色あるいはギムザ染色により染色し、顕微鏡で観察する。直接観察することによりヘリコバクター・ピロリの存在を診断できる。また、培養不能でウレアーゼ活性ももたないcoccoid form(球状菌)の状態でも診断できるという長所がある。
- 培養法
- 胃生検切片からの菌の分離培養によって、ヘリコバクター・ピロリの存在を確認する。この検査法の長所は菌株を純培養し入手できる点であり、この菌株を遺伝子診断など他の検査に利用することができる。欠点は培養には5日~7日を要する点である。
- 内視鏡による生検組織を必要としない検査
- 尿素呼気テスト(urea breath test, UBT)
- 13C-尿素を含んだ検査薬を内服し、服用前後で呼気に含まれる13C-二酸化炭素の量を比較する。本菌に感染していると、そのウレアーゼによって胃内で尿素がアンモニアと二酸化炭素に分解されて、呼気中の二酸化炭素における13Cの含有量が、非感染時より大きく増加するため、間接的な診断ができる。検査薬服用の20分後の13C-二酸化炭素の上昇が2.4パーセク以上の場合に、本菌による感染があるものとするなどの基準値が設けられている。
- 血中・尿中抗H. pylori IgG抗体検査
- ヘリコバクター・ピロリが感染すると、本菌に対する抗体(H.pylori抗体)が患者の血液中に産生される。血液や尿を用いてこの抗体の量を測定し、H.pylori抗体が高値であれば本菌に感染していることを診断出来る。尿を検体とする場合は判定が迅速で20分程度で判定が可能である。しかし、感染後の抗体価低下には時間がかかるため感染後すぐでは偽陽性が出やすい。
- 便中H. pylori抗原検査
- 診断や研究用途に作られたヘリコバクター・ピロリに対する抗体を用いた抗原抗体反応による検査。この抗体が、生きた菌だけでなく死菌なども抗原(H. pylori抗原)として認識し、特異的に反応することを利用し、糞便中H. pylori抗原の有無を判定する。非侵襲的に本菌の存在を判定できるという長所がある。
[編集] 治療
慢性の胃炎患者などに対してはヘリコバクター・ピロリの除菌治療が実施され、著効を収めている。胃炎などの症状のある患者に対してのみ行われ、2006年現在、無症候の保菌者に対しては行われることはまれである。
除菌治療では抗生物質2剤と、一過性の胃酸過多による副作用を防止するためのプロトンポンプ阻害薬の併用が標準的である。日本ではプロトンポンプ阻害薬(ランソプラゾールまたはオメプラゾール)+ クラリスロマイシン + アモキシシリンの3剤併用が健康保険の適用となっている。(保険が適応されるのは胃潰瘍と十二指腸潰瘍のみで、ピロリ菌保有でも潰瘍のない場合は不可。海外ではビスマス塩、メトロニダゾール、レボフロキサシンなども用いられる。)製品名ランサップ®などを1週間連日で内服する。この組み合わせによる除菌の成功率は約80%である。副作用は、軟便、下痢、皮疹などであり一般に軽微である。
一方、食道に対する本菌の生理的意義を考慮する立場から、この細菌が存在することによる健康リスクと存在しないことによる健康リスクを天秤にかけ、人間側の遺伝的特性とヘリコバクター・ピロリの株ごとの遺伝的特性を比較し、リスクを最小限にするような組み合わせで感染を成立させる治療法が提案され、研究されつつある
[編集] 食品による菌の抑制
近年、食品によるヘリコバクター・ピロリの除菌効果が確認されている。 発芽3日目のブロッコリースプラウトを2ヶ月間継続して食べた感染者において、胃の中に住むヘリコバクターピロリが減少したとの報告がされている。これは、ブロッコリースプラウトに含まれるスルフォラファンに殺菌効果があるためである。 このほか、ココアやヨーグルト、コーヒーなどでも抑制が確認されている。