ソクラテスの弁明
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ソクラテスの弁明(そくらてすのべんめい)はプラトンが著した対話集で、ペロポネソス戦争でアテナイがスパルタに敗北した後、アテナイでソクラテスが「国家の信じない神々を導入し、青少年を堕落に導いた」として告発された裁判を主題とする。この告発に対しソクラテスは全面的に反論し、いささかの妥協も見せない。その結果ソクラテスには死刑が宣告される。
[編集] 構成
先の告発に対するソクラテスの対抗弁論から対話編は始まる。この対抗弁論が対話編の大部分を占める。ソクラテスは、この告発に対し真っ向から反論する。ソクラテスは彼が実践する産婆術を説明する。それはデルポイの神託「ソクラテスより賢いものはいない」に対し、その反駁として始まったものであったが、数々の知者と呼ばれる人との対話により、ソクラテスは、自分は知者ではないが、賢いとされる他の人々も、もっとも必要(とソクラテスが考える)真の知をもたず、したがって知者ではないことを知っている自分はその分だけ賢い、という結論に達する。何かを知っており賢いと主張する人がいれば、対話によってそれを吟味し、そうでないことを見出したならそのことを明らかにし、また真の知を探求しようとする人々、とくに若い人々にそのことを奨励すること、先の告発の内実は、ソクラテスの眼からみればそのようなことであった。
ソクラテスは神霊(ダイモーン)が自分にすべきではないことを指令するのだと語り、真の知を追求し魂の世話を図ることを薦めることは、神から与えられた自分の使命であって、国家の命令がこのことを禁じようとも自分にはやめることができないと語る。
アテナイの裁判では、まず被告が有罪かどうかが審議され、続いて告発者と被告の双方から量刑の提案がなされる。ソクラテスは有罪と宣告される。ここで裁判の告発者アニュトスは死刑を要求する。ソクラテスはこれに対し、自分の行っていることは魂の世話をみなに促すという最も重要なことであり、したがって自分は国家に最上の奉仕をなしているのだと主張する。それにふさわしい刑罰は、ソクラテスの考えでは、公会堂での無料の食事である。公会堂での給食は、オリュンピア競技の優勝者などに与えられる、当時のアテナイで最高の公的顕彰であった。ソクラテスは追放刑を提案し、死をまぬかれることも出来たのであろうが、あえてそれをしなかったのである。
結果として、ソクラテスには死刑が宣告され、裁判は終結する。ソクラテスは「私とあなたがたと、どちらが正しいのでしょうか」と問い、対話篇は終わる。
[編集] 評価
『弁明』はプラトンの著作の中では初期に書かれたと推測されている。プラトンの脚色もある程度加わっていると考えられているが、ほとんどの研究者は、ソクラテス裁判のほぼ正確な記録であると考えている。
諸研究は、『弁明』におけるソクラテスの関心を以下のようなものと考えている。
- ソクラテスの描写を通じ、「哲学者」および「哲学すること」の模範を提示する。
- ソクラテス裁判を記録し、その真実の姿を伝え、もって間接的に裁判が不当であることを示す。
文体は格調高く、またその弁論は緊密に構成され、劇的でもあり、西洋哲学また西洋文学の古典として高く評価されている。